2000年代から始まった第三次AIブームは,現在大きな局面を迎えています。ビッグデータを利用することで,AIは知識を学習できるようになり,機械学習が実用化されました。そしてディープラーニングという技術がどこに拍車をかけ,AIは自ら知識を定義する特徴量を習得するようになりました。
研究室から飛び出したAIは,産業やビジネスの世界に大きな影響と革新をもたらしています。2023年は, AIがわたしたちにとってもっとも身近になり始めた年と言えるかもしれません。ChatGPTを筆頭とするジェネレーティブAIの登場により,AIは広く普及し,その加速度はとどまるところを知りません。私たちのブログ「TPIJ」がフォーカスしている領域である顧客接点にも,AIの波が押し寄せています。
でも,みんな心のどこかで次の疑問を感じているはずです。「AIってホントに良いものなのか」?と。しかも,顧客接点を超えてあらゆる領域で事あるごとに,「仕事が失われるのではないか」という懸念が取り沙汰されているのも事実です。
今回の記事では,一般の顧客層にも普及が著しいAIやジェネレーティブAIを,海外のレポート(※)に目を向けつつ,顧客接点というシーンを通して見ていきます。そして,将来について,仕事が失われたり人間の存在意義が脅かされたりと,とにかく不穏な雰囲気が隠せないAIですが, AIは「良いものなのか?」を問うよりも,「どう付き合っていくべきなのか」,そんな視点でAIに思いを馳せていきます。
※今回、参照している海外レポートは以下の3つです。
・マッキンゼー・アンド・カンパニーFive years in review: AI adoption, impact, and spend
・アクセンチュアHOW AI INDUSTRY PROFITS AND INNOVATION
・フォーブス Will ChatGPT Replace The Contact Center Agent?
最新の分析をもとに、国内の顧客接点について考察していきます。
海外の最新コールセンターシステムやデジタル・コミュニケーションツールを、16年間にわたり日本市場へローカライズしてきた株式会社コミュニケーション・ビジネス・アヴェニューが解説します。
AIって?とりあえずのおさらい
まず始めに…
AI,AIっていうけど,ほんとのところAIって何?という部分,正しくおさえておきましょう。
AIとは人工知能のことで砕いて言うと,人間が機械やコンピュータに学習させ,その学習をもとに機械やコンピュータが人間の知能に関連したタスクを実行するもの,です。AIは,データを学習し,ルールを見つけ,それらをもとにして新しい情報を予測します。たとえば,顔認識技術は,コンピュータに多数の顔画像を学習させ,その画像を分析して特長を見つけることで,人の顔というものを認識します。
多くの人はAIと聞くと,実際のロボットを思い浮かべるかもしれませんが,Siriのようなチャットボットやスマートフォンの音声アシスタント,そして自動運転車もAIとして挙げられます。AIには様々な種類が存在しており,ジェネレーティブ(生成型)AIもその一種ですが,すべてのAIに共通している点として,データとアルゴリズムを使って,人間よりも迅速に意思決定や問題解決を行うことができます。
そんなAIですが,今や多方面で活用が促進されています。
ビジネスでのAI活用
ビジネスシーンにおけるAI活用はもはや一般的になりつつあります。たとえば,単純作業の自動化,顧客からの問い合わせ対するリアルタイム対応ガイダンスなど,すでに多くのところで導入されています。コストの節約,待ち時間の削減などによる顧客体験の向上,従業員や事務員の生産性向上など,企業にとって大きなメリットがあるため,AIには非常に熱い注目が集まっています。
マッキンゼーによる調査では,AIへの投資水準が高まっていることが報告されています。たとえば,5年前にはAIを活用していると回答した企業の40%がDX関連予算の5%以上をAIに費やしていると答えていましたが,2022年では回答企業の半数以上が同じレベルの割合をAIに費やしていると回答しました。
また同調査は,企業がAI活用の価値を見出す具体的な領域が大きく進化していることも示しています。2018年時点で,AI活用の価値が最も高いとされていた領域は,製造とリスク管理でした。しかし2022年には,マーケティング・営業,製品・サービス開発,戦略・企業財務で最も大きな収益効果が報告されています。
多くの企業にとってビジネスの成功に関するキーポイントとなるのは,収益増加とコスト削減です。AIはその両方に貢献することができるため,ビジネスでより一層幅広く活用されるようになりました。アクセンチュアがまとめたAIと企業収益に関するレポートは,「AIは2035年までに,16種の産業において平均38%の収益率を高める可能性を秘めている」と報告しています。
したがってAIの活用が企業にもたらすベネフィットを考えると,セキュリティやコンプライアンス面で疑問が多く残るとしても,戦略的な活用によって「AIは企業成長に大きな武器となる」ということは間違いないと,多くの企業が認めているのです。だからこそ,AIを導入する企業,そして導入を考える企業が増えているのだと言えます。
顧客接点でのAI活用
AIは様々な形や方法で活用することができ,企業に様々なメリットをもたらします。しかし本ブログ「TPIJ」がテーマとして掲げている顧客接点というシーンでの活用についてはどうでしょうか?代表的な例を以下に挙げてみます。
会話形AIによる自動応答
AIはウェブサイトやデジタルチャネルへどんどん進出しています。少し前まではチャットボットというと,ガッカリ体験が多かったかもしれません。質問に対して必要な回答が返ってこず,質問とは関係のない回答を立て続けに受け取るという経験をした方は多くいらっしゃるはずです。
しかしAIの出現とともに,状況が大きく代わっています。企業はチャットボットの代わりに,会話形AIを導入しています。従来のチャットボットとは異なり,会話形AIは膨大なナレッジに接続することで顧客の質問に対して最適解を引っ張ってこれるようになりました。より多くの質問に対応することができています。
営業対応
営業チームにとってもAIは有用なパートナーとなります。特に,顧客からのきついクレーム処理をする場合や,反対意見などのネガティブ対応などで,従業員のストレス軽減にもつながります。
顧客は多岐にわたる質問をしてきます。価格についてだけでなく,競合他社の情報を持ち出したり,製品の特徴やサービスに関する具体的な質問をしてきたりします。こうした複雑な文脈が関係した会話でも,営業担当をサポートします。リアルタイムで,接続されたナレッジソースから最適な回答がポップアップ表示されるなどのアシスト機能もあります。
顧客満足度測定
AIがリアルタイムで感情分析を行うことによって,通話における顧客の感情を把握できるようになります。
たとえば,怒りなどのネガティブな感情を顧客が抱いていた場合,AIはすぐにそれを検知します。そして,顧客に適切なアクションを提供するために,スーパーバイザーに対応通話の内容を報告することができます。このようなAIの機能を活用することで,企業は迅速かつ効果的なカスタマーサポートを提供することができ,顧客満足度の向上にもつながります。
自己解決を促すFAQページとのコラボ
FAQページで顧客自身が抱える悩みに対する満足のいく回答を得られれば,全体的に呼量は落ち着き,問い合わせ対応の負担を軽減することができます。
IVRによる音声ガイダンスを,AIチャットボットと組み合わせれば,1つの表現の質問に対しシステム側で自動的に意味や文脈を解釈し,より効率的に顧客をFAQページへ誘導できます。顧客の問い合わせニーズの把握や,これまで表面化してこなかった潜在ニーズを理解することにもつながります。
ChatGPTという黒船
顧客接点でもこのようにしてAIの活用が劇的に進んでいますが,そこへもう一つゲームチェンジャーとなりうる黒船があらゆる市場に衝撃をもたらしています。それが,画像生成のMidjourneyや文章処理に長けたChatGPTなどに代表される,ジェネレーティブAIと呼ばれる技術です。
今更ですが,ChatGPTをおさらいしておきましょう。
「ChatGPTとは、OpenAIが開発したAI(人工知能)の一種で、自然言語処理において非常に高い精度を持っています。ChatGPTは、大量のテキストデータを学習し、その学習結果を元に人間のように自然な言葉でコミュニケーションすることができます。つまり、人間と同じように自然な言葉で対話ができるAIのことを指します。ChatGPTは、オンライン上でのチャットボットやカスタマーサポート、自動翻訳など、様々な分野で活用されています。最新のChatGPTは、数十億単語以上の学習データを元に学習しており、非常に高度な人工知能と言えます。」
ChatGPT自身に簡単に答えてもらいました。
補足すると,ChatGPTは,小説の自動生成やゲームでの会話を生成するという用途で開発されたGPTという言語モデルがベースとなっています。ウェブ上にある膨大な情報を学習し,複雑な語彙や表現を解釈することができるのが大きな特徴です。また過去の会話内容を記憶し,ユーザーが適宜内容を訂正できるといった「より自然な会話」を実現するための機能も搭載されています。
ChatGPTの得意なこと
再び ChatGPT に答えてもらいましょう。
「ChatGPTの得意なことは何ですか?」
「ChatGPTは、自然言語処理に特化した大規模言語モデルであり、多くのことに優れています。具体的には、文章の生成、質問応答、文章要約、翻訳、感情分析、文章の意味理解、文章の生成などが得意です。ChatGPTは、大量のテキストデータから学習し、膨大な知識を持っているため、多岐にわたる質問やテキスト処理において高い精度を発揮することができます。」
「文章の生成」が,二度続いていますね。非常に得意そうなことがよくわかります。冗談はさておいても,やはり文章処理に秀でているChatGPT,テキストを含む大量のデータをもとに,命令と条件(スタイルやフォーマット)をしっかりと指定することで,人間のような推論を返すことができます。そしてその推論は,わたしたち人間が読んでも説得力を感じられるようなものに仕上がっています。
ChatGPTの苦手なこと
では,もう一度質問。
「それでは,苦手なことは何ですか?」
「ChatGPTは、大量の文章データを学習しているため、自然言語処理において高い精度を発揮しますが、以下のような苦手な点もあります。
- 特定のドメインに特化した知識や専門用語には弱い
- 論理的思考や数学的な計算などの非言語的なタスクには向いていない
- 人間の感性や感情の理解には限界がある
したがって、ChatGPTは自然言語処理に特化したモデルであり、あくまでコンピューターによる自然言語処理の支援を行うものであると考えることが重要です。」
「弱い」「向いていない」「限界がある」ということですが,だからといってChatGPTは,与えられた質問に対する回答を返さずに無視し続けることはしません。その逆です。答えを「返しすぎる」のです。
つまり,AIが使用しているデータや出力の透明性を担保するコントロールができていないため,答えが極端になってしまう傾向があるということです。
間違った情報をしれっと返したり,さも真実そうに聞こえて説得力のある主張をぺらぺらと並べ立てたりする,絶妙な「知ったかぶり」さ加減を発揮します。
とはいえ,ChatGPTがこれほどまでに短期間に一般層に浸透しているのは,自然な対話ができる文章処理・文章生成能力が,人間の感じる「不気味の谷」を超え始めてきているからと言えるかもしれません。
ChatGPTがコンタクトセンターという顧客接点に与えるインパクト
ChatGPTを始めとするジェネレーティブAIの導入を,「顧客接点」という文脈に落とし込んでみます。
たとえばコンタクトセンターに関して言えば,現在チャットボットや音声応答といった顧客対応業務の生産性向上に向け,様々な業務の自動化が促進されています。自動化がすぐさま人間の顧客対応担当者から仕事を奪い去るというシナリオは考えにくいものではありますが,将来的に大きな変革をもたらすことは間違いないでしょう。 そしてこうしたAIを導入した結果,顧客接点を強化して効率化を加速させるための新たな課題や機会が生まれてくることは必然だと言えます。
ChatGPTが顧客接点に貢献する部分として,まず,セルフサービス体験の質的向上が考えられます。ChatGPTで,顧客のニーズに対する応答・対応において一層の自動化が進んだ結果,より複雑で緻密な調整が必要になる対応業務に人間の担当者が必要とされます。
従業員に対する専門的なトレーニングや教育のニーズが増加します。トレーニングの必要性が高まるにつれ,今度はトレーニングコンテンツの作成が急務となります。
ChatGPTにより,トレーニングや新しい担当者のオンボーディング向けコンテンツを迅速に生成することができるでしょう。各担当者の技量に合わせたコンテンツを,各自のスタイルに合わせた形で学習することができます。コンタクトセンターでのトレーニングや教育にChatGPTを活用することで,「時間を生み出す」ことができます。
ChatGPTのせいで顧客接点の仕事はなくなる?
それでも気になるのが,いわゆるAIといえば出てくる懸念,「カスタマーサービスそしてオペレーターの仕事はなくなってしまうのか?」という部分です。
ChatGPTの優れた特徴は,簡単な受け答えだけでなく,ユーザーが指定した要求にも応えられる点です。「五歳児にもわかるように」「ネイティブっぽく」など,条件を指定すればしっかりとそれに沿って出力してきます。しかし,「苦手なこと」の部分でも簡単に触れましたが,回答がいつも正しい情報に基づいているとは限りません。
また,世界的にChatGPTに対する危機感が広まっているのも事実です。たとえば,2023年4月1日,イタリア当局はChatGPTを一時的に禁止すると発表しました。ChatGPTが利用者に適切な通知なくデータを収集している点や,利用者の年齢確認が不十分であることが個人情報保護法に違反すると判断したためです。
また,教育現場におけるChatGPTの使用に関しても議論が始まっており,松野博一官房長官は,現場が主体的な判断をするための参考資料をまとめる方針を示しました。さらに,著作権の問題も浮上。このような背景からも,透明性の確保とコントロールの必要性を無視することはできません。
ChatGPTやAIが生成するテキストなどの出力にはコントロールが必要で,人間による管理が不可欠です。たとえばKFCドイツが2022年に展開したキャンペーンでは,「水晶の夜(1938年にドイツ各地で発生した反ユダヤ主義の暴動事件)をフライドチキンで祝おう」と受け取れかねない内容のアラートが自社アプリから通知され,社会的に物議を醸す結果となりました。同社は後日,「国の記念日や祝日を含むカレンダーと連動した半自動化プロセスでコンテンツを作成したことに起因する」と説明しました。
したがって,「出力の良し悪しをいかに判断するか」と「良い質問の仕方」という点が,ChatGPT時代の人間にまず求められるスキルになってくるのではないでしょうか。こうしたAIの持つ懸念点や限界をしっかり把握した上で,AI技術を利用していくことが必要になってきます。
AIは,日々進化する新しい技術ですが,特に,人間による大量のデータ処理にその威力を発揮します。AIの特性や利点を理解し,しっかりとしたトレーニングや教育,スキルアップを実施することで,こうした最先端の技術がもたらすポジティブな恩恵から,大きなビジネスベネフィットを得ることができるでしょう。
最後に
「AIは人間にとって良いものなのか?」という問い掛けではなく,「人間はAIをいかにうまく使うか」という問い掛けのほうが現実的かもしれません。
たとえば,インターネットというものが普及し始めた2000年代頃にタイムスリップしてみてください。
メールやウェブチャット,オンラインショッピングなどが次々に普及したあの頃,セキュリティ犯罪やオンライン詐欺,誤情報の拡散といったインターネットのネガティブな面も浮き彫りになりました。そしてほとんどの人が言っていたはずです,「インターネットって良いものなのか?」と。それでも時経つうちに,そして技術が成熟していくうちに,他の「道具」と同じように,みなインターネットを道具のように使うことに慣れ,誰も「インターネットは良いものだ,いや悪いものだ」などとは言わなくなりました。良く使うか,悪く使うか,にシフトしていったのです。
ビジネスに従事するわたしたちは変化に対応し,生産性を向上させるために技術革新を採用してきました。企業も同じで,ChatGPTなどのAIテクノロジーを活用して,より良い顧客体験を提供することが求められます。
AIを活用することで,より高いパフォーマンスや複雑な問題の解決,迅速なスキルアップが可能となります。この変化に対応することは,企業や従業員が繁栄し続けるために欠かせません。もちろん,セキュリティやコンプライアンスに十分な配慮が必要ですが,戦略的にAIを導入することで,ビジネスの成長を促進し,メリットを最大限に引き出すことができるのではないでしょうか。