企業の重要な顧客接点の一つ、むしろカスタマーサービス最後の砦として機能してきたコンタクトセンター。しかし今その足元が、静かに、そして確実に、崩れ始めています。それもそのはず、時代の変化や技術発展に伴い、数年前とは本質的に異なる課題や問題に直面しているからです。
それでもやはり、技術の進歩は著しい。近年稀に見るレベルで急速に普及しているのが、AI技術です。数年前まで、とくに生成AIという文脈において、AIはテキストデータの扱いがメインストリームだという認識でした。でも今は状況が違います。
AIを活用した音声テクノロジー、いわゆる「音声AIエージェント」の登場は、単なるコンタクトセンターのアップグレードではなく、顧客体験と対応品質の向上を目指す企業にとって、すでに必要不可欠なものになりつつあります。
音声AIエージェントが、いかにしてゲームチェンジャーとなり得るのか。この記事で探っていきましょう。
海外の最新コールセンターシステムやデジタル・コミュニケーションツールを、19年間にわたり日本市場へローカライズしてきた株式会社コミュニケーション・ビジネス・アヴェニューが解説します。
この記事が解決するお悩み
「AIを導入せよ」と上層部から言われているが、何から始めてよいか分からない
チャットボットやIVRの限界を感じている
音声AIが本当に顧客対応の品質を保てるのか?
従来型コンタクトセンターは、なぜ限界に達しているのか

従来型コンタクトセンターモデルが限界を超えている理由は、慢性的な人材不足、高騰していく(採用・教育・運用)コスト、そして「今すぐ解決」を求む顧客の意識的変化が挙げられます。これら3つの構造的な圧力が同時に押し寄せているわけで、コンタクトセンターは今やパーフェクトストームに直面していると言っても過言ではありません。
加えて、変化に耐えきれないであろうコンタクトセンター自体の「構造」もあります。採用してもすぐに離職してしまう職場環境、そんな負のループに伴うコストの増大、対応品質がオペレータやSV個人のスキルや経験に依存してしまう属人性、そして厳しくなっていく顧客の期待とセンターが提供できる顧客体験との致命的なギャップ。こうした構造的な圧力や問題により、サービス品質の低下や顧客離れ、従業員離れが加速してしまいます。
すでに市場は、企業の変革を待たずして、次世代のモデルへと動き出しています。そしてその次世代モデルの軸となるものが、音声AIエージェントなのです。
音声AIエージェントとは

コストや人材、そして顧客期待に挟まれる三重苦を乗り越えるには、小手先の改善では不十分です。IVRなどの単なる自動化では追いつけません。求められているのは、コンタクトセンターのオペレーションを根底から再定義・再設計するパラダイム・シフトであり、その主役が、音声AIエージェントというわけです。
しかしながらこの変革を語る上で、技術に関する理解が不可欠です。音声AIエージェントは、単なる音声認識ツールではありません。人間のオペレータのように、自律的に対話や顧客対応を行うAIエージェントと言えます。
コンタクトセンターという文脈に落とし込んでこの音声AIエージェントを「分解」してみましょう。次の3つのコア技術に分解できます。
- 「耳」
- 「脳」
- 「声」
各技術について解説していきます。
STT(Speech-to-Text):AIの高精度な「耳」
音声AIエージェントの土台となるのが、このリアルタイム音声認識技術です。顧客が話した言葉を、会話の速度を落とすことなく、瞬時にテキストへと高精度で変換します。この「耳」の精度が悪いと、「申し訳ありません、もう一度お願いできますか」など顧客との摩擦を引き起こすやり取りが頻発してしまうことになります。また、テキスト化された対応ログデータも不自然なものになりがちなため、その後の分析プロセスに影響が出てきます。STTの精度は非常に重要です。
LLM(大規模言語モデル):会話の文脈を理解する「脳」
LLMは例えるなら「脳」に近いものです。音声がテキストに変換されると、この「脳」が分析力を発揮します。LLMは単語をピックアップするだけでなく、会話全体の文脈や顧客の発話内容から隠れたインテントを理解し、それに基づき応答を生成し、自然な会話の流れを維持します。
以下の点でLLMは貢献してくれます。
- 文脈の理解:過去の会話履歴を保持しているため、顧客は同じ情報を繰り返す必要がない。
- 複雑なロジックの処理:従来必要だった分岐処理が不要に。より柔軟で人間らしい対応を実現。
- 自然な応答生成:状況に合わせてトーンや言葉の選び方を調整して、人間が作成したかのような応答を作り出す。
TTS(Text-to-Speech):感情をも表現する「声」
LLMが生成したテキストベースの応答内容を、この「声」が人間らしい音声に変換して顧客に「話し」ます。かつてのロボットのような不自然さがほぼなく、顧客が信頼できる話し相手としての役割を着実に果たします。
TTSは具体的に以下のことができます。
- 自然な抑揚:人間の話し方特有のリズム、強弱、イントネーションを忠実に再現。特定の人物の「声マネ」も可能。
- 感情表現:顧客の感情に合わせてトーンを調整。状況に応じた適切な感情を声に乗せる。
- 声のカスタマイズ:独自のボイスを作成することも可能。自然な声は顧客からの信頼感を高め、「不気味の谷」を乗り越えることが可能に。
音声AIエージェントが現状打破に有効なのはなぜ?

かつてないほどに高度化している、顧客の期待。顧客が求めるのは、即時の応答、パーソナライズされたサービス、そしてチャネルをまたいでも対応品質が変わらないシームレスな顧客体験です。
しかし、大量の問い合わせが押し寄せるコンタクトセンターにとって、対応品質のばらつきや高騰する運営コストなどの課題とうまく付き合っていきながら、顧客をそこそこ満足させる体験を維持して提供し続けるのは極めて困難です。
そして音声AIエージェントが現状を打破できる理由が、まさにここにあります。
こうした課題に対応するには、高品質でスケーラブルなサービスを提供することが必要になります。顧客を待たせる原因だった情報の検索や判断を、音声AIエージェントは秒単位で実行できます。人間は疲弊しますが、AIエージェントであればそこはまったく心配いりません。24時間365日対応でき、なおかつ常に高いパフォーマンスを維持できます(トレーニングやチューニングをしっかり実施する必要はありますが)。
また対話データを学習することで、使うほどに賢くなる自己成長するエージェントとして機能します。これまでには不可能だった、オペレータのスキルやナレッジに依存しがちな対応品質を標準化させることが可能となるのです。
結果、現場の対応力を全体的に底上げすることができます。
こうしたイノベーションは、すでに現実のものとなっています。
IBM社の分析が指摘するように、「音声AI技術は急速に進化しており、カスタマーサービスから社内コミュニケーションに至るまで、企業活動を一変させる可能性を秘めている」のです。
同社が見据えている未来像も衝撃的です。「もうすでにAIコンタクトセンターの時代の今、街の小さな商店でさえ大企業と同レベルの顧客サービスを提供できるようになるでしょう」。たしかに音声AIエージェントは驚くべきポテンシャル・可能性を秘めているため、さまざまな企業が導入・活用に動き始めています。
音声AIの導入が進まない企業に共通する、5つの壁

これほど強力なソリューションでありながら、多くの企業が音声AIエージェントの導入や活用に失敗したり、活用が思うようにあまり進まなかったり、期待した成果を得られずにいます。そんな状況を引き起こす5つの壁を特定してみましょう。
壁1:目的の欠如―とりあえず導入の罠
最もよくある失敗は、明確な目標や解決すべき課題を設定しないまま「競合がやっているから」と言った理由で導入を進めてしまうことです。目標や課題が曖昧なままでは、どんなに優れた技術も宝の持ち腐れになってしまいます。「どの問い合わせを自動化したいのか」「それによってどのKPIを改善したいのか」という具体的な部分を詰めない限り、プロジェクトは迷走してしまい、誰の課題も解決しないまま終わってしまいます。
壁2:技術に対する誤解―魔法の杖ではない
音声AIエージェントもですが、AIは非常に強力なツールです。しかし、「魔法の杖」ではない。得手不得手があります。大量のデータを処理・分析するのは得意ですが、突発的な変更の対応を柔軟にこなすことなどは不得意です。したがって、AI技術の特徴と技術的限界などを現実的に理解しつつ、過度な期待を抱かないようにする必要があります。「何ができて、何ができないのか」を正確に把握することが、現実的な導入計画の第一歩です。
壁3:システムの分断―「システム連携」の軽視
音声AIエージェントは、単体で何かを変えることができるわけではありません。顧客情報が蓄積されたCRMや商品情報が格納されたデータベースといった既存のバックエンドシステムとの連携が不可欠です。データがなければ、AIは何もできないからです。この連携を軽視すると、AIは単なるおしゃべり上手なIVRに過ぎず、顧客をがっかりさせることになってしまいます。
壁4:人間との対立―「AI vs 人間」という対立的構図
AI導入の目的が、「コスト削減」を目的とした「人員削減」と捉えられてしまうと、現場スタッフや従業員、メンバーから強い抵抗を受けるでしょう。AIは人間の仕事を奪うのではなく、むしろ面倒な作業から解放してくれるパートナーである、というビジョンを共有することが必要です。AIに任せるべき業務、人間が対応すべき業務をしっかりと洗い出して明確に設計できないと、AI導入が混乱や生産性低下を引き起こす結果となります。
壁5:最適化の欠如―「導入して終わり」
AIは「導入したら終了」タイプのソリューションではありません。むしろ導入はスタートです。顧客との対話データを分析し、パフォーマンスを継続的にモニタリングして、改善を繰り返す。そうすることで、AIは初めて「成長」します。このサイクルを怠ると、AIの性能は陳腐化していきます。そして顧客の期待は応えられることなく、放置されてしまいます。「設定して放置」は、導入失敗の典型的なパターンです。
音声AI導入と活用を成功に導く、7つのステップ

音声AIエージェントの導入は、ベンダーを選定してソリューション購入を決定すればすべてOKというわけではありません。コンタクトセンターを軸とするカスタマーサービス全体のビジネスに価値をもたらすためには、構造化されたアプローチが必要不可欠です。以下の7つのステップが、現実的な導入設計のロードマップとなります。
ステップ1:ユースケースの特定と目標設定
まず、対応記録や顧客の声(録音データなど)から「どこに一番時間がかかっているか」「何に不満があるのか」という課題(ペインポイント)を特定します。次に「対応時間を15%短縮する」といった具体的に数値で測れる目標(KPI)を立てます。この最初の目標設定が、プロジェクト全体を左右します。
ステップ2:パイロットプロジェクトの選定
課題とKPIなどが特定できたからといってそのまま真っすぐに全社的導入を目指すと頓挫します。まずは限定的なプロジェクトから始めるのが鍵です。問い合わせ件数が多く、かつプロセスが比較的単純な業務を選定するのが結果としては近道です。スコープを絞り込んで短期間で目に見える成果を出せば、プロジェクトの価値も社内的に証明できます。
ステップ3:ベンダーと技術の評価
自社の業界や特定のユースケースで実績のあるベンダーを選定します。その際、既存システム(CRMなど)とシームレスに連携できるか、APIは充実しているかなどの評価項目を検討することが重要です。また、導入後の活用を巡って新たな課題が発生した際にサポートやコンサルティングサービスを受けられるか、セキュリティは堅牢かといった部分も大切なポイントになります。
ステップ4:PoCと検証
ベンダーを選定したら、協力しつつプロトタイプシステムを構築します。PoCを実施して、実際の顧客との対応を通してAIのパフォーマンスを検証することが目的です。重要なのは、顧客と社内担当者の双方からフィードバックを収集し、改善点を洗い出すことです。そして本格導入を見据えて、コンプライアンスやセキュリティ要件もこの段階でクリアにしておくべきです。
ステップ5:AIと人間のトレーニング&チューニング
AIモデルはデータによって成長します。導入後も対話ログや顧客からのフィードバックを分析して、応答を洗練させたり、想定外のケースに対応させたりするためのチューニング作業が非常に重要な役割を果たします。同時に、AIを活用するオペレータやSV、管理者向けのトレーニングも欠かせません。ここで大切なのは、いかにしてAIをパートナーとして使いこなせるようになるかです。そのために新しいワークフローを設計・構築し、現場のスキルアップを図ります。
ステップ6:継続的な計測と最適化
最初に設定したKPIを常にトラッキングして、パフォーマンスをモニタリングします。AIとの対話中に顧客が躓くポイントはどこか(フリクションポイント)特定して、迅速に改善サイクルを回します。この継続的な最適化プロセスが、導入して終わり状態を避け、AIの価値を最大化する鍵となります。
ステップ7:段階的なスケールアップ
パイロットプロジェクトで成果が確認できたら、他のユースケースへと段階的に展開していきます。このプロセスを通じて、多言語対応やより高度な感情分析、プロアクティブな顧客エンゲージメントなど、成長とニーズにあわせてAIの能力を拡張していくことができます。ここでもベンダーが頼りになるかどうかが大切なポイントとなってきます。しかるべきサポートやコンサルティングが受けられれば、それだけ展開もスピーディーに実施できます。
最後に:2030年のコンタクトセンターの姿―AIを導入しないことは、「対応しない」と同義

音声AIエージェントの導入・活用は、明確で多角的な成果をもたらします。
実際、海外の企業において、AI導入により運用コストを35~40%削減し、ROIが3年で約3.3倍になった例が報告されています。またある米国金融機関では、音声系AIソリューションの活用により一次応答率を54.5%から63%に改善、北欧通信大手で42%の解決率を達成しているという報告もあります。
またGartner社では、「2029年までに、一般的なカスタマーサービスの問題の80%は、人間の介入なしにエージェントAIが自律的に解決する」と予測しています。同社のレポートによればその未来では、AIが定型的な問い合わせをすべて処理し、人間はAIでは対応が難しいクレーム対応や共感が求められる相談、そしてAIを監督・教育するより高度な役割を担う、共生型へコンタクトセンターは変化していきます。人間のオペレータは単純作業者から、顧客との関係を築く共感者と変化し、意思決定と判断へとその役割を昇華させていくという予想をしています。
音声AIエージェントは、もはや単なる効率化ツールではありません。それはCXの品質そのもの、あり方そのものさえも根底から再定義する、新しいスタンダードです。そしてこの技術は、人の仕事を奪うのではなく、人の能力を拡張してよりクリエイティブな業務に集中できるようにしていくパートナーです。この変化に向かってその一歩を踏み出すかどうかが、今後10年、いや5年、3年後のビジネスを決定付けます。そして、顧客がAIによる迅速で的確な対応を当然のインフラとして見なす時代において、AIを導入しないという選択肢は、もはや「顧客対応をやめた」ことと同義なのです。
