感情を持った生命体である、人間。「人間の感情」をどのように捉えアプローチするかというのは、経済やビジネスにおいても大きなファクターです。

私たち人間は何かを購入するときやサービスを利用するとき、単にそれが必要だからという理由以上に、その商品やサービス、ひいては提供者に対して自分が何を感じるかということが、購入決定プロセスに大きく影響するからです。

コンタクトセンターという顧客接点においても、これは軽く見ることのできない重要な要因です。お客さまがどのように感じているかを理解することは、お客さまが抱えている問題や課題解決だけでなく、対応品質や顧客満足度の向上に直結しています。

感情分析を使うと、お客さまが感じていることをオペレータ、SV、チーム全体で共有することができ、問題の早期解決につながるだけでなく、オペレータの対応品質やコミュニケーションスキルも向上する一助になります。

たとえば、ネットの接続に問題があって、サポートセンターにお客さまが問い合わせてこられたとします。感情分析のツールがあれば、お客さまのフラストレーションの度合いを察知し、その情報を元にして対応方法や何が問題になっているのかについての情報を素早く取得できます。常に一歩先をゆく対応が可能となります。

とくに近年、技術的進歩が著しいAIが、この「感情分析」というフィールドにおいて非常に大きな注目を集めています。AIにより感情分析は、本当に使えるツールとして、コンタクトセンターにおけるCX改善の大きな役割を果たし始めています

今回の記事では、感情分析について、その仕組や導入のメリット、コンタクトセンターでのアプローチを解説します。

感情分析とは?

ところで、感情分析とはそもそも何のことを言っているのでしょうか。

自然言語処理(NLP)だとしたり、はたまた「AIの得意領域だ」と言ってみたり、または「単にネガティブなのかポジティブなのかを判定することだ」としてみたり、その定義は広範に及んでいるという印象があるかもしれません。

感情分析を簡単に要約すると、「テクノロジーを使って人間の感情や気持ちの変化などを読み取ること」と言えます。分析対象は「文章」や「顔の表情」、音声が挙げられます。

「テクノロジー」という点にフォーカスしてもう少し具体的に説明するのであれば、感情分析とは「テキストや音声、動画内の映像で表現された人間の感情、態度、意見を解釈して評価する自然言語処理を含むAI技術」と定義できます。

従来、感情を読み取ることは、人間の専門分野だとされてきました。

しかし近年のAIをベースとした技術革新により、SNS投稿やレビュー、口コミ、問い合わせ履歴などのテキストデータを、感情を持たないAIによる冷静な分析で、感情に引っ張られることのない客観的データを知ることが可能になってきています。

コンタクトセンターに感情分析ソリューションが導入されると、オペレータは顧客の感情を前もって理解することができます。

たとえば、サポートセンターに電話をかけてきた顧客が会話型IVRで問い合わせ理由を尋ねられたときに、「2週間経っても荷物が届いていない、非常に不便だ」と述べたとします。感情分析は「届いていない」や「不便」といったネガティブフレーズやそのときのトーンの様子を、テキストと音声データからピックアップします。システムからアラートを受け取ったオペレータは、電話を取る前に予め対応に備えられます。

とはいえ、現段階で試験的な段階のAIが多いことも事実ではありますが、研究や進歩が着実に進んでおり、発汗状況や瞳孔の動きなど、より細かい変化を捉えて感情を判断するAIが登場する未来もそう遠くないことと思われます。

AI時代における「感情分析」の仕組み

上述したように感情分析は、人間の感情をさまざまなデータから読み取り、解析するという技術的アプローチです。感情分析を支えているのが、自然言語処理(NLP)、機械学習、音声解析、コンピュータビジョンなどの技術です。

感情分析の主な3つのアプローチを以下にリスト化してみます。

音声から

音声ベースの感情分析では、音響信号処理と機械学習技術が用いられます。日本語や英語といった言語に依存することのないこのプロセスは、音声の「特徴量」を抽出し、分析して感情を認識するという仕組みです。

特徴量には、声の高さ、声の強さ、音響スペクトルの変動などがあります。抽出された特徴量は、トレーニング済みの機械学習モデルに供給され、音声の感情的な内容が分類されます。このアプローチでは、顧客側の感情だけでなく、従業員側のストレス度合いを図ることもできます。

テキストデータから

テキストベースの感情分析では、NLPとテキストマイニング技術が中心となります。人間が入力したテキスト(文章)を事前処理することから始まり、トークン化、ステミング、ストップワードの除去などの手順が含まれます。

その後、特徴抽出プロセスを通じて、テキストから感情に関連するキーワードやフレーズを特定します。このデータは次に、感情をポジティブ、ネガティブ、中立のカテゴリーに分類するために機械学習モデルに入力されます。

感情の分析には、SVM(サポートベクターマシン)、ナイーブベイズ分類器、深層学習ネットワークなど、さまざまなアルゴリズムが使用されます。したがって、人間が入力したテキストをAIがNLPによって読み取り、感情を分析するという仕組みです。

顔の表情から

表情から感情を分析するために、コンピュータビジョンと画像処理技術が利用されます。

このアプローチでは、細かな動きの変化を捉えることのできるカメラを使って人の顔を検出し、顔の主要な特徴点(目、鼻、口など)をAIにより特定します。そして顔の特徴点の位置と動きから、特定の感情表現パターンを識別するための分析が行われます。

ディープラーニングによって精度の向上が図られれば、今後もより一層の発展が望めるアプローチです。

3つの異なるアプローチを見てきましたが、基本的な分析フローは共通しています。

収集:分析の元となるデータが収集されます。たとえば通話録音やチャット記録などが含まれます。

分析:データが分析されます。感情を示す言葉やフレーズ、声のトーンなどが分析対象になります。NLPを通じて収集データから重要な情報を引き出し、どの言葉やフレーズがポジティブか、ネガティブか、あるいは中立的かを特定します。

分類:分析された感情データが、ポジティブ・ネガティブ・中立の3つに分類されます。分類された感情データは、その後の顧客満足度の向上や製品開発、マーケティング戦略などに有用なインサイトとして利用されます。

感情分析において自然言語処理(NLP)は、鍵となる技術です。これは人工知能(AI)の領域の一つで、テキストや音声データから顧客の感情を自動で読み取り、分析することが可能になります。

たとえば、コールセンターの業務を考えてみます。感情分析を導入すると、顧客からの通話やメッセージ内に含まれる感情をリアルタイムで検出し、分類することができます。企業にとっては、顧客が抱える不満や疑問を素早く察知し、それに対する対応を事前に調整するための強力なツールとなります。

さらに、感情分析はセンターのオペレーションをより効率化するための指標としても機能します。顧客の感情の緊急度に応じて対応を優先させることで、サービスの質を向上させると同時に、顧客満足度を高めることが可能です。NLPと感情分析の活用により、企業は顧客体験を大幅に向上させることができます。

データドリブンなアプローチを取ることで、顧客の真のニーズに応え、長期的な顧客関係の構築に繋げることが可能になるわけです。

感情分析のメリット4つ

次に、感情分析をコンタクトセンターに導入した場合にもたらされるメリットを考えてみましょう。

顧客の感情を知ることができる

顧客の感情や持っている意見についてのインサイトを与えることのできる感情分析は、オペレータや企業が顧客のニーズや好みをより深く理解するために手助けをしてくれます。

たとえばあるお客さまが、旅行代理店に電話して、キャンセルされたフライトについて問い合わせたとします。感情分析を通じて、コンタクトセンターのシステムはすぐにそのお客さまの声のトーンから「フラストレーションを抱えている」ということを察知します。

この理解をもとに、オペレータは共感的な対応に切り替えつつ、代替案について情報を提供することで、顧客のその時のニーズに対応した顧客体験をつくりだすことができます。結果として、顧客満足度の向上につながります。

顧客対応に必要な改善ポイントを特定できる

感情分析は、単なる表面的なフィードバックにとどまりません。膨大な顧客のフィードバックデータから、繰り返し現れるテーマやパターンを見つけ出します

こうした具体的なインサイトにより、自社が提供している顧客サービスのどの部分に改善が必要なのかを企業は知ることができます。

たとえば感情分析を通じて、ある特定の商品の問い合わせプロセスに関連する顧客フィードバックに、ネガティブな傾向が見られることが明らかになったとします。このインサイトをもとに、顧客対応部門は、その商品に対する問い合わせがより適切に実施されるよう、オペレータやチームのトレーニングプログラムを見直したり改善したりすることができます。やはり結果として、顧客満足度の向上につながります。

顧客感情における長期的傾向を知ることができる

時間をかけて顧客の感情を分析することで、変化する顧客の期待値やニーズ、トレンドを追跡できます。こうしたインサイトがあると、先回りして戦略を策定することができるため、顧客中心のアプローチを継続できます。

たとえば、数ヶ月にわたる顧客対応の感情分析により、レスポンスが遅延気味で、顧客に不満を抱かせているというトレンドが明らかになったとします。顧客対応チームは問題に対処するため、ワークフローのレビュー、スタッフの効果的な配置、採用技術の変更などを検討して適宜実施することができます。結果として、ここでもやはり、顧客満足度につながるというわけです。

顧客満足度を向上できる

すべてはこのメリットにつながる!ということです。顧客満足度を向上できるのです。ここに尽きる、と言っても過言ではないかもしれません。

感情分析をコンタクトセンターに導入する3つのステップ

感情分析をコンタクトセンターで導入するために必須となる3つのステップを解説します。いずれもコンタクトセンターで感情分析を実践する上で鍵となる役割があるため、省くことはできません。

顧客フィードバックデータを収集し保管する

アンケートやSNSでのポスト、コメント、コンタクトセンターでの対応記録(音声・チャット)など、さまざまなチャネルを通じて顧客フィードバックを収集して、大量のデータを安全に保管することが最初のステップです。

こうして取得・保管されたデータからは、次のような情報を得ることができます。

  • 商品やサービスに関する一般的な満足度や不満点
  • 顧客が持っている具体的な問題やクレーム
  • サービス改善のための提案

適切な感情分析ツールやソリューションを選択する

感情分析のキモとなる、ツールやソリューションを自社のニーズに合わせて選定するというステップです。

複雑なフィードバックをビジネス成長のための糧とするには、データをしっかりと解釈して顧客の感情を正確に抽出できる必要があります。これらのツールに欠かせないのが、AIや機械学習などの最新テクノロジーです。自社のニーズを理解して、最善の選択とサポートを提供してくれるベンダーに巡り会えるかどうかも重要です。

導入とトレーニング

選択したソリューションを効果的に使えるようにオペレータをトレーニングして、CRMに統合していくステップです。

リアルタイムで使いやすいインターフェースを通じて、オペレータは常に感情分析の恩恵を得られる必要があります。

チューニングも必要です。業界で異なる用語や自社ブランドのニュアンスにあわせた認識が行われるように感情分析のアルゴリズムをカスタマイズして、自社の「文脈」に沿った分析が行われるべきです。

感情分析にありがちな課題

感情分析は顧客体験を向上させる素晴らしいアプローチですが、それには固有の課題も伴います。

たとえば、感情分析は「皮肉」や「文化的なコミュニケーションの違い」をうまく捉えられないことが多いため、感情検出におけるバイアスや顧客との間に誤解を引き起こしてしまう可能性があります。

以下のような課題に取り組む必要があります。

皮肉

「大したものだ」という表現を考えてみましょう。この表現は、文脈によって褒め言葉にも皮肉にも取れます。ミスをした人に対する「大したものだ」という表現は、ほぼ100%皮肉的な意味が込められていますが、感情分析モデルはしっかりと皮肉としてネガティブな判断を下せる必要があります

文化的な違い

文化的なニュアンスは、感情表現に大きな影響を与えます。

国を超えれば文化的なファクターを考慮するのは必須になりますが、同じ日本でも都道府県や県民性によって同じく影響が出ます。一部の文化では不満を直接表現することは無礼とされているために控えめな言葉遣いが使われます。「まあまあ」という言葉はその筆頭格かもしれません。

こうした表現を誤解することなく認識できるようにするためには、感情分析モデルをさまざまな文化的コミュニケーションスタイルを含んだ多様なデータセットに触れさせ、学習させ、違いを認識して適応できるようにする必要があります

表現の地域差

特定の地域や年齢層に特有の表現やスラングも問題になることがあります。

たとえば、「ヤバい」という言葉は、称賛や熱意を表すこともあれば、否定的な意味を持つこともあります。ここでも文脈に応じた感情の解析が必要になります。

ユーモア

皮肉が課題になるのであれば、ユーモアも課題になります。

たとえば「バカ」という言葉。人の特殊技能や専門分野に通じているさまを言い表すために、「彼は~バカだ」と表現することがあるでしょう。こういう場合に感情分析モデルはネガティブにとらえてしまうことがあります。

誇張された言葉遣いや、一貫性のない発言を分析することで、こうしたケースを特定できます。

言外のニュアンス

顧客は常に本心を言い表すわけではないというのも、感情分析に潜む課題と言えます。

基本的に多くのお客さまは礼儀正しいですし、できるだけオペレータに同意する方向で会話するものです。ですが、それがいつでも顧客がポジティブな態度を表明しているというわけではありません。

このような状況で有用となるのが、アフターコール調査です。対応がおわったあとにしかるべきサーベイが実施されることで、顧客とのフリクションの元となる部分をすくい取ることができます。

最後に

ところで、筒井康隆が1975年に発表した短編小説、「家族八景」をご存知でしょうか?

主人公の家政婦「七瀬」は、幸か不幸か、生まれながらのテレパシーを持っていて、目の前の人の心をすべて読み取ることができてしまいます。点々として移り住む8軒の住人の心にふと入り込み、表面的には平和に映るマイホームが、実は虚構であり作られたものであるという、人間心理の深層に光を当てた小説で、筒井康隆独特のコミカルな筆致が逆に人間の猥雑な心の内をえぐり出しています。

今回の記事のテーマである感情分析ですが、記事を書いていて、ついついこの本を引っ張り出してきてしまいました。

もちろんいくらAIが有用であろうと、現時点では何も発していない状態で人間の感情を読み取って分析することはできないのですが、人間が出す様々な感情に結びつくデータをもとにして感情を分析していく技術はある意味、テレパシーのような気がしなくもありません。

しかしそんな「疑似テレパシー」をビジネスで有効活用することで、さまざまなメリットがあるのも確かです。有用なフィードバックや最新トレンドの収集、競合の分析や事故防止、そしてCXの改善および顧客満足度の向上につなげていけます。

鍵となるのは、やはりここでも「人間とAIのコラボ」でしょうか。膨大なデータから有用なインサイトや顧客の持つ傾向を提供するAI、そしてそれを有効に活用し、ビジネス戦略における決定要素として判断を下す人間。AIの手綱を握るのは人間。

インターネットが登場したときも、検索サービスが登場したときも、最終的な判断は人間が下すという方向性が維持されてきましたが、このAI時代でもその方向性が結局のところ、自社ビジネスと企業成長を達成する上で非常に重要なコンセプトになるのではないでしょうか。