日本では欧米に比べるとメンタルヘルスチェックのためにカウンセリングを受けることが一般化していません。「カウンセリングのコストが高い」「精神に問題があると思われたくない」など、カウンセリングコストやメンタルヘルスに関するリテラシーの低さが障害になっています。
そこで注目されているのがAIによるメンタルヘルスチェックです。コストを抑え、誰にも知られることなく気軽にメンタルヘルスケアができます。
職場で感じるストレスを緩和したり、管理者として従業員のストレスを解消してあげたりするために役立つツールとしてAIが注目されています。
今回は本当にAIでメンタルヘルスチェックができるのか、AIを活用するメリットは何かを考えていきます。後半では、AIメンタルヘルスチェックツールの紹介をするので参考にしてください。
メンタルヘルスチェックをAIでできるの?
「メンタルヘルスチェックには専門家の高度な技術が必要」「人間の気持ちは人間にしかわからない」と思われるかもしれません。実はAIを使ったメンタルヘルスチェックの研究は世界中で行われており、良い結果が報告されています。
たとえばIBMとカリフォルニア大学の研究者グループは、メンタルヘルス分野でのAIを利用することに関する28の研究を分析しました。するとAIアルゴリズムは63~92%の精度で、さまざまなメンタルヘルスの問題を検出できることがわかりました。
さらにGoogleの中東マーケティングを統括するナジーブ・ジャラール氏は、Google AssistantのAIがメンタルヘルスケアに役立つことについて以下のようにコメントしています。
「アラビア語話者の人たちが、悲しい、寂しい、疲れた、怖い、怒っていると話しかければ、いまやAIが知識に基づいた最適な対処案を答えます」
出展:パンデミックで急増したAIセラピスト:デジタルセラピーは心を治療できるのか?
GoogleのAIが持つメンタルヘルスケアの能力は学習が進むにつれ、さらに賢くなっていくと期待されています。ユーザーの状態に合わせて、「マインドフルネスをしませんか」「瞑想をしたほうがよいですよ」と提案をする機能がもうすぐ実装されるとのことです。
Facebookの自殺防止ヘルプラインという部署では、メンタルヘルスチェックにAIを使っています。ユーザーの投稿に自殺の徴候を示すようなサインが見つかるとFacebookのチームがデータを検証し、ユーザーにコンタクトを取ります。
このFacebookの事例はAIが人間のメンタルヘルスの状態を分析できること、その分析に基づき次のアクションを予測できることを示しています。
メンタルヘルスチェックに使われるAIの機能
メンタルヘルスチェックにはAIの3つの機能が貢献します。
- 機械学習(ML)とディープラーニング(DL)
- 自然言語処理(NLP)
- コンピュータービジョン
機械学習(ML)とディープラーニング(DL)は、ユーザーの診断や行動の予測に必要な機能です。
自然言語処理(NLP)は、ユーザーの音声認識、テキスト分析に向いています。実際にユーザーと会話を交わすチャットボットに使われる機能です。
コンピュータービジョンは、ユーザーの顔の表情、ジェスチャー、視線、声の強弱など非言語的なサインを理解するために使われます。
AIでメンタルヘルスチェックを行う7つのメリット
海外ではAIをメンタルヘルスチェックに使う方法が普及し始めています。なぜなら人間のカウンセリングにはないメリットがあるからです。評価されているのは7つのメリットです。
- 威圧感がない
- 偏見がない
- 悩みを吐き出したいだけ
- プチ自己分析
- コスパがよい
- 使いやすい
- 効率が良い
それぞれのメリットについて見ていきます。
威圧感がない
現代の若者たち、いわゆるミレニアル世代はAIセラピストと会話することに違和感を感じません。中東心理学会の会長ジョアン・ハンズ博士はこう述べています。
「一部の若者にとっては、ロボットのセラピストというものは人間のセラピストよりもはるかに威圧感が少ないのかもしれません。若い人たちは機械との対話や付き合いに抵抗がないのです」
出展:パンデミックで急増したAIセラピスト:デジタルセラピーは心を治療できるのか?
ミレニアル世代はAIセラピストに体型や恋愛の悩みを打ち明け、見方を変えるようなヒントをもらうことに違和感を感じないのです。むしろ身近にあるスマートフォンの画面へ話しかけるため、威圧感を感じず気軽に話せるとの印象を持ちます。
偏見がない
国籍の違い、精神や身体疾患を思い悩んでいる人は、人間のカウンセラーが自分に偏見を持っているのではないかという不安を抱えます。しかしAIであれば社会的な偏見は存在しません。
偏見がない相手に気持ちを話せるという安心感がひとつのAIを利用するメリットです。
たとえば南カリフォルニア大学(USC)では、PTSDに苦しむ退役軍人へのカウンセリングにおいて、人間とAIのどちらが効果的かとの研究がなされました。結果、兵士たちはAIセラピストであるエリーに自分の症状を正直に打ち明ける可能性が高いことがわかったのです。
研究に参加した退役軍人は、AIセラピストに安心感を持っていました。結果、AIセラピストは、多くのPTSDの兆候を確認できたのです。
この研究では、患者が「AIセラピストは自分を裁かない」「AIは偏見のない自分の味方である」といった信頼感を持っていることが判明しました。
最新のAIセラピストには、より人間らしいデジタルヒューマンが活用されています。
悩みを吐き出したいだけ
あるAIメンタルヘルスチェックアプリを使った数百万人のユーザーのうち、1割程度しか医療サポートが必要な人がいなかったという報告があります。つまりメンタルヘルスチェックを利用したい人の本当の願いは「ただ悩みを吐き出したい」だけなのです。
ただ気持ちを話してすっきりしたい、話しながら考えを整理したいというニーズをAIは満たしてくれます。
プチ自己分析
AIを使ったメンタルヘルスチェックはプチ自己分析をしたいときに使いやすいツールです。米国でAIセラピストツールを開発するWoebot Health社の臨床研究心理学者アリソン・ダーシー博士は次のようにコメントしています。
「AIにはメンタルケアの提供や患者の症状改善に大きな影響を与える力がありますが、本物のセラピーをそのまま再現しようとすべきではありません。それはふたりの人間の間で行なわれるものです。わたしたちがつくったのは、少しの間自分の心と向き合うことを促すためのツールです。」
出展:パンデミックで急増したAIセラピスト:デジタルセラピーは心を治療できるのか?
「わざわざカウンセラーに予約を入れるまでもない」と感じるときにAIはすぐ活用できる身近なツールです。
コスパがよい
一般的に日本でカウンセリングを受けると一回1万円前後かかります。しかしAIを使ったメンタルヘルスチェックアプリを使うなら、無料で、または有料であっても月額数百円で利用できます。
「ちょっと気持ちを話したいだけ」「カウンセリングのためにわざわざ予約を入れるのが億劫」「お金を払うまでもない悩みなんだけど話したい」。そんなときにAIはコスパのよいストレス解消法になるのです。
使いやすい
住んでいる地域によっては、カウンセリングを受けられる場所が少ないかもしれません。たとえば米国では1億人以上が医療専門家が不足している地域に住んでいると言われています。つまり人間のカウンセリングを受けたいと思っても受けられない医療落差が存在しているのです。
AIセラピストの場合、インターネットさえあれば利用できます。どこに住んでいても使いやすいメリットがあります。
使用する時間を選ばないのもAIセラピストのメリットです。あるメンタルヘルスチェックアプリを利用した会話の8割程度が医療機関の診療時間外でした。産後うつを抱える女性たちは、家の中が静かになる22時から朝7時までの間にAIセラピストを利用する傾向があるようです。
分析精度が高い
AIはメンタルヘルスチェックにおいて人間の行動シグナルを高い精度で分析してくれます。ある研究では精神障害を発症する可能性が高い10代の若者をAIが100%正確に予測しました。
AIアルゴリズムが自殺願望を持つ人が残す本物と偽物の遺書を区別した事例もあります。つまりAIは言葉や行動を分析し、ユーザーが本音を話しているのか、ごまかそうとしているのかを高い精度で判定できるのです。
メンタルヘルスチェック用AIチャットボットを利用した若者を対象にしたある試験によると、AIが若者の問題を正確に見抜いて適切な提案をし、わずか2週間で抑うつや不安を減少させた事例があります。
メンタルヘルスチェックのAIツール
AIでメンタルヘルスチェックができるツールにはどのようなものがあるでしょうか。いくつかのAIツールを紹介します。
Woebot
米国ウォーボット・ヘルス社が開発したWoebotは、認知行動療法をベースにした3つの質問に答えるだけで、ストレスを緩和する提案をしてくれるアプリです。毎日一回の受け答えでユーザーのメンタルヘルスチェックを行い、パーソナライズされた様々な提案をしてくれます。
AIセラピストが98.9%の精度でメンタルヘルスの危険を見極めます。米国では1ヶ月39ドルで利用可能です。
Wysa
愛らしいペンギンのAIキャラクターが悩みを聞いてくれるのがWysaです。米国、英国、インドに拠点を置くWysa社が開発したアプリは、2021年Google Assistant投資プログラムに認定されています。
これまで65カ国で利用されてきている人気アプリです。個人用と雇用主用の機能があり、職場のストレス緩和に向いている良いツールです。
BioBase
米国AIスタートアップBioBaseはスマートウォッチやリストバンドなどのウェアラブルツールから送られるデータをAIを使って分析するメンタルヘルスチェックアプリです。睡眠、活動、心拍変動(HRV)などの生体認証データを分析してくれます。
とくにBioBaseは職場におけるストレスケアに役立ちます。実際に700人以上の従業員いる企業へ導入された結果、従業員の欠勤を31%削減しました。病欠の期間短縮、病欠の申請数が減少することで雇用主のコストが54%削減されました。
セラピューティック・アシスタント
シリコンバレーのスタートアップX2AI社は、AIセラピストシリーズ「セラピューティック・アシスタント」をリリースしています。メンタルヘルスチェックを行うチャットボットです。
認知行動療法、小児糖尿病、ティーンエージャーの孤独感といった用途ごとにいろいろなチャットボットを開発しています。Facebookメッセンジャー、Google Home、Amazon Alexaから手軽に使えるのが特徴です。
SELF MIND
続いて日本のアプリも紹介します。
SELF MINDはSELF株式会社による日本製メンタルヘルスチェックアプリ。AIと会話をしながらログを取り、自分のメンタルコンディションを客観的に分析できます。月額860円から利用できます。
「1日5分、こころケア」を低コストで提供してくれます。
メンタルケアAI: self mind
emol株式会社がリリースしているメンタルヘルスチェックアプリが「メンタルケアAI: self mind」です。2020年12月の時点で24万ダウンロード数という人気アプリです。
「なんとなくつらい」「寂しい」「疲れた」といった少しずつ溜まるストレスを開放するのをサポートしてくれます。
AIがストレスレベルを可視化し、自分のメンタルコンディションを客観的にみたり、ストレスケアに役立つ情報を教えてくれたりします。月額500円から利用できます。
人間のセラピストはもういらない?
AIセラピストの話になると必ず話題になるのが「人間のセラピストはもういらなくなる?」という点です。結論からいうと、人間のセラピストは現時点ではまだまだ必要です。なぜなら今のAIには不得意なところが多々あり、そこは人間のセラピストやカウンセラーにしか対応することができないからです。
ベス・イスラエル・ディーコネス医療センターのデジタル精神医学部長であり、ハーヴァード大学医学大学院の助教授でもあるジョン・トラス氏は、AIセラピストが人間に取って代わるかとの問いに対しこう答えています。
「理論上はありうることですが、まだかなりの時間がかかるでしょう」
出展:パンデミックで急増したAIセラピスト:デジタルセラピーは心を治療できるのか?
ジョン・トラス氏は、AIセラピストはデータ分析は得意だが、思いやり、文化や考え方の違いを理解する、倫理観や道徳観を加味して話すことは苦手だと説明しています。
つまり現時点ではAIセラピストと人間のセラピストを使い分けるのがベストな方法だということです。
「ただ話を聞いてほしい」「自分の感情を分析してほしい」「自分のストレスレベルは深刻なのか知りたい」といったときにはAIセラピストが助けになるでしょう。
「思いやりを示してほしい」「文化や倫理観の違いをわかってほしい」「共感してほしい」というときには人間のセラピストが力になれます。
AIセラピストの課題
AIによるメンタルヘルスチェックが普及していくには2つの課題があります。
ひとつはプライバシーの問題です。AIセラピストに話す内容の守秘義務が守られることを保証する必要があります。
なぜユーザーは守秘義務が守られているかに神経質になるのでしょうか。それは日本においてメンタルヘルスチェックに対するリテラシーが低いからです。メンタルヘルスチェックを利用するイコール精神が弱い人、精神疾患がある人といった目で見られる傾向が依然としてあるのです。
企業レベルでできる対策として、社内全体でメンタルヘルスチェックを推奨してください。社員一人一人がメンタルヘルスチェックをすることが当たり前の雰囲気になるようにしましょう。
厚生労働省の5分ストレスセルフチェックを定期的に部署内でしてもらったり、長崎市が提案している簡易ストレスチェックリストを試してもらったりできるかもしれません。
ふたつ目の課題はAIセラピストの不自然さです。現在はキャラクターに扮したチャットボットがAIセラピストとして活躍しています。しかし不安や孤独感を癒やしてくれる人間的な温かさには欠けてしまいます。
AIセラピストの不自然さを和らげ、人間らしい親しみやすさをチャットボットに持たせるために注目されているのが、UneeQのデジタルヒューマンです。
メンタルヘルスチェック先進国の米国を始め、海外で使われています。デジタルヒューマンは、既存のチャットボットに低コストですぐ実装できるのが特徴です。
AIを使わないツール
職場のストレスを緩和しなければいけない管理者のなかには「AIツールの導入はハードルが高い」「AIツールは難しそう」と感じる方がいるかもしれません。そのようなときには運用が簡単なCrisisGoをおすすめします。CrisisGoはシンプルで使いやすいメンタルヘルスチェックツールです。
CrisisGoはアプリとして社員のスマートフォンへインストールし、ストレスチェックに関するアンケートを定期的に取れます。毎日でも毎週でも、設定した期間ごとにアンケートを実施できます。
回答結果は一括管理され、ダッシュボードに表示されるので分析が簡単です。気になる兆候がある社員には、アプリを使ってすぐメッセージを送れます。メンタルヘルスチェックツールを初めて利用する事業者向けのアプリです。
CrisisGoは災害時の危機管理アプリとしても活用できます。いろいろなユースケースがあるアプリですので詳細はCBAへお問い合わせください。
最後に
AIによるメンタルヘルスチェックが効果的ということが、米国や中東の研究で明らかになっています。ミレニアル世代とってはAIのほうが威圧感がないと感じたり、AIなら深夜に急に話したくなってもすぐ活用できたりするメリットがあります。悩みを吐き出しているときに、相手が自分に偏見を持っていることを心配する必要もありません。
これからは「仕事のストレスはAIに話してスッキリする」ことが普通になっていくかもしれません。さらにストレスによる離職率を改善したい企業は、AIで社員のメンタルヘルスチェックをする方法が一般化していくことでしょう。
もちろんAIは人間のカウンセラーに今すぐ取って代わるものではありません。しばらくはAIと人間の特徴を活かした使い方が続くと考えられます。