「ChatGPT」を始めとしたLLM(大規模言語モデル)ベースの生成AIは、今や広告のコピー作成、レポート作成、メール文章の作成、プログラミングのサポートなど、さまざまなシーンで活用され始めています。一方で急激なAIの普及と、AI関連の用語の噴出にともない、世の中にはAIへの「期待」と「不安」が混在しているのが現状です。 

さまざまな業界で生成AIの活用や共生が注目される中、コンタクトセンター業界はどのようにAIと向き合っていけるでしょうか。この記事では、LLMが変えるコンタクトセンター業務4つと、今後の展望について解説します

「コンタクトセンターで生成AIを活用する具体的なイメージが持てていない」「従来のAIは教育が前提だったので、導入・活用のハードルが高かった」という方は、ぜひ「コンタクトセンター×生成AI」の具体的なビジョンを描く参考にしてください。 

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LLM(大規模言語モデル)とは?

そもそもLLM(大規模言語モデル)とはなんでしょうか。主にAI関連の用語として使われることが多いワードです。 

LLM(大規模言語モデル)とは、大量のテキストデータを使ってトレーニングされた自然言語処理のモデルのことです。

人間に近い流ちょうな会話が可能であり、自然言語を用いたさまざまな処理を高精度で行えることから、2019年頃を境に世界中で大注目を浴びています。代表例は、Googleの「PaLM」、OpenAIの「ChatGPT」などです。 

LLMは、機械翻訳、要約、質問応答、文章生成・言い換え、キーワード抽出などのテキスト処理を得意とします。 

LLMに類似したAI関連の用語として、「生成AI」や「自然言語処理」などは、LLMとの違いがあいまいになりやすい用語ですので注意が必要です。3つの用語を簡単にまとめておきましょう。 

LLM…大量のテキストデータを使ってトレーニングされた自然言語処理のモデルのこと      

生成AI…テキスト・画像・音声などを自律的に生成できるAI技術の総称。LLMは、生成AIの中でも特に自然言語処理を担うモデルと位置づけられている

自然言語処理…コンピューターに人間の言語を理解・処理させる技術のこと           

ChatGPTの登場以来、多くの業界で急速にAIの活用が進みました。コンタクトセンター業界も例外ではありません。AIにも種類がありますが、コンタクトセンター業界ではとくに「生成AI」の活用が注目されています。業務の効率化、センターの生産性向上、カスタマーサポートまわりの自動化に効果的だと考えられているからです。

一方で、生成AIにはまだまだ課題が残されており、本格的なビジネス活用には不安を感じるという方もいるでしょう。また、あまりに急激にAIが普及し始めたので、「自社のコンタクトセンターで生成AIを活用するイメージをしたことがない」という方もいるかもしれません。

ここからは、AIソリューションに対するコンタクトセンター業界の今の動向を紹介します。続いて、LLMベースの生成AIが変革させるコンタクトセンター業務4つを解説します。

LLMが変えるコンタクトセンター業務

まず、コンタクトセンター業界全体がAIに対してどのような見方をもっているのか紹介します。

コールセンター白書2022」では、AIソリューションの導入・導入検討している「理由」と「分野」がまとめられています。同白書のデータを見ると、コンタクトセンター業界が以下の分野でAIに期待を寄せていることが分かります。

  • 人手不足へのアプローチ
  • VOCや顧客行動の分析
  • FAQの活用
  • テキストベースのサポート強化

LLMベースの生成AIを導入すると、具体的にどのような業務をこなせるのでしょうか。コンタクトセンターの「フロント業務」「オペレーター支援」「バックオフィス」の3分野において、生成AIがとくに役立つ4つのシーンを紹介します。

1. マニュアル/テンプレート/スクリプトの作成

謝罪文、マニュアル、テンプレート、スクリプトなどの作成は、LLMが得意とするテキスト処理の分野です。いずれも人間が一から作成すると膨大な時間と労力がかかります。内容の正確性や対応の丁寧さ、時にはスピード感も求められる業務なので、自動化によって効率アップをはかりたい代表的なタスクといえるでしょう。

一例として、LLMベースの生成AI「ChatGPT」に、あるアプリの操作マニュアルを作成させるとしましょう。一般的に取扱説明書やマニュアルを新規作成しようとすると、6~8週間前後を要します。しかし、ある検証によると「ChatGPT」ではわずか15分でマニュアルが完璧に作成されます。AIによるマニュアル作成は、まさに人間離れしたスピード感です。

補足:生成AIは迅速な資料作成にも効果的。一例として、NECは平均30分を要する議事録作成が、生成AIによって約5分に短縮されたと公表している。
URL:https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2308/30/news125.html

また、コンタクトセンターではメールやチャットも多用されます。資料請求へのフォローメールといった通常のメールは、事前に作成されたテンプレートでの対応が可能です。しかし、お礼や謝罪といったイレギュラーかつ誠意が求められる対応においては、一律のテンプレート対応が難しくなります。相手に合わせてパーソナライズされた対応をしなければいけないからです。

時間と労力を要するイレギュラーなやり取りで生成AIを活用すると、スピーディーかつ的確に本文を構成・作成することができます。蓄積された過去のQ&Aや返信例を生成AIに渡すと、各お客さまの問い合わせやメールの内容に適した返信文を自動生成してくれます。

クレーム対応において生成AIを活用すれば、必要以上にオペレーターへ感情負担をかけることがありません。ストレスによる離職率が高いコンタクトセンターにおいて、オペレーターの心的負担を少しでも軽減することは、職率防止に直結します。業務の効率化のみならず、オペレーターを守るという観点でも生成AIは効果的です。

このように、たしかにLLMベースの生成AIは優秀です。しかし、「ハルシネーション(=AIがもっともらしい嘘を出力する現象)」には注意が必要です。生成AIが作成してきた文章については、必ず人間(オペレーターやSV)が内容を精査・調整するようにしてください。AIが作成するのはあくまでも「下書き」や「たたき台」です

新人教育

一般的にコンタクトセンターにおける新人教育は約3ヶ月~半年かかると言われます。そのうえ、新人オペレーターが独り立ちするまでには、100万円以上のコストがかかるとされています。だからといって新人教育をないがしろにすると、企業イメージを損ねたり、新人オペレーターがストレスを抱えて早期離職へ繋がったりと、完全に負のスパイラルにハマってしまいます。

新人教育をいかにスピーディーかつ実践的な内容で行えるかがポイントです。LLMベースの生成AIは、新人教育の分野でも実用的です。

たとえば、テスト問題作成の工数を削減したり、簡略化したりすることができます。電話対応の基本マニュアルをAIに読み込ませておき、「シニア世代」「30代女性」など、ペルソナを細かく設定した上で質問を生成することも可能です。

新人オペレーターは、AIを相手にして常に新鮮かつ実践的なトレーニングを行うことができます。架空のお客さまが「カスタマーハラスメントをしてくる」というプロンプトを追加すれば、生成AIによってカスハラを再現することも容易です。自社のコンタクトセンターでどのようなカスハラが起き得るのか、どこからがカスハラに該当するのか、どのように一時対処すれば良いのか…などを事前に検討しておけます。

カスハラに遭遇時のシュミレーションができれていば、いざというときに冷静かつ適切な対応をすることができます。結果としてオペレーターの負担を減らし、守ることに繋がります。

生成AIによって新人教育にまつわる時間的、人的、金銭的コストが削減できると、SVの負担は大きく軽減されます。SVは、マネジメントやメンタルケアといった別の業務に集中することができます。連鎖的にオペレーター離職率の低下に繋がったり、センターの生産性が向上したりといった効果も期待されます。

テキストマイニング

テキストマイニングとは、「大量のテキストデータから有益な情報を取り出すこと」です。LLMベースの生成AIは、VOCの抽出・要約・分析を得意領域とします。問い合わせフォームやレビューサイトなどで収集した情報を、迅速に分析することができるようになります。コンタクトセンターには欠かせないVOCの分析を効率的に強化できるのです。

AIによるVOCの分析にはいくつかメリットがあります。1つは、要約品質の一定化です。2つ目は、VOCの分析にかかるコストの削減です。オペレーターによってVOCの要約品質が変わってしまうと、VOC分析の目的である「商品・サービスの質向上」「顧客満足度の向上」「マークティング施策に活用」などが適切に行えなくなります。また、VOCの分析をすべて人間で行おうとすると、情報の収集だけでも膨大な時間や人手を要します。

生成AIによって迅速かつ高精度なVOC分析ができると、顧客接点の創出・改善、商品・サービスの見直しのような、より重要度の高い業務にコストやリソースをかけられるようになります。

実際にLLMベースの生成AIをVOC分析で活用し、成功している例を見てみましょう。

JR西日本カスタマーリレーションズの例です。同社は、月間約7万件の電話問い合わせを受けている中、各対話のログをオペレーターによって要約処理・保存していました。抱えていた課題は、要約処理にかかる労力と、オペレーターによる要約品質のばらつきです。要約の素案作成に生成AIを活用したところ、対応時間の18~54%削減に成功しました。
出典:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000035.000047565.html

生成AIをVOC分析で活用することは、クレームやカスハラの早期発見・対処にも役立ちます。データからクレームやカスハラの兆候を抽出することができるからです。抽出されたデータに基づいて、コンタクトセンターあるいは企業が迅速かつ適切な対応を取れば、クレームやカスハラを事前に防止することができます。最近では、音声データからトラブルになりそうな情報を抽出、アラートを鳴らすテキストマイニングツールも展開されています。

最前線で働くオペレーターを可能な限り守るには、データ分析に基づく警戒や対策は重要です。

ボイスボット

今後LLMとボイスボットが完全に適用されるようになると、「より自然な会話で精度の高い回答が可能になる」と期待されています。基本的な問い合わせのヒアリングやサポートの自動化が実現するということです。

これにより、平均通話時間の大幅な削減や、放棄呼・待機呼・あふれ呼の削減などが期待できます。また、オペレーターに負担をかけることなく高品質な24時間対応を実現することも可能です。

LLMとコンタクトセンターのこれから

ここまででLLMベースの生成AIが変革するコンタクトセンター業務を4つ紹介してきました。紹介した4つはあくまでも一部分に過ぎません。一方で、「今のオペレーターの仕事がAIに完全に奪われてしまうのではないか」と心配されるかもしれません。

たしかにオペレーターが行う業務の内容や質に変化は求められることでしょう。とはいえ、現段階で人間の仕事が完全にAIに取って代わられることはありません。LLMベースの生成AIは紛れもなく高性能ですが、創造性や感覚的な判断力が必要な分野においてはまだまだ限界があるからです。

「AIに仕事を奪われる」と不安視されてきましたが、むしろ人間とAIの分業モデルの確立が必要になります。あくまで業務のメインは人間のオペレーターであって、AIは「間接的なコミュニケーションの支援」を行う存在です。いわば「コンタクトセンター Copilot」です。

「人間とAIによるハイブリッドコンタクトセンター」が実現すると、多くのコンタクトセンターが抱えている「人手不足」の問題にアプローチしていけます。同時に、人間のオペレーターはより「人間味」が求められる業務に集中できます。より高いロイヤルティを実現するために、「人間味」やホスピタリティ、お客さまへの寄り添いに注力し、コンシェルジュ的な業務にリソースを割いていけるのです。

「AI戦国時代において、今どれか1つの生成AIに絞って導入・検討するのは、コンタクトセンターシステムとの連携も相まって不安だ」と感じられますか。たしかに、今は国内外問わず続々と新たな生成AIが発表されています。

いずれどれか1つのAIに絞って導入しなければいけず、いずれはより自社に合ったAIへと乗り換えていく必要が生じます。そのため、さまざまなAIと連携ができるコンタクトセンターシステムの運用が重要になっていきます。

参考情報:サードパーティー製のAIと柔軟に連携できるコンタクトセンターシステム「Bright Pattern

 

 

最後に

LLMベースの生成AIは、コンタクトセンター業界が新たなステップへ進むのを強く後押しします。今後コンタクトセンターにおける生成AIは、ユビキタスな存在となっていくことでしょう。

しかし、どれだけ高性能だとしても生成AIは人間ではありません。責任を取ること、非言語コミュニケーションで感情をやり取りすることはできません。そのため、コンタクトセンターにおける生成AIは、あくまでも「人間のオペレーターのサポーターである」という認識でいたいと思います。

AIに意思決定を委ねず、人間が介在するポイントを作っていきましょう。生成AIのサポートや強みを最大限活用しつつ、人間にしかできない業務やサービスを発見・創出・向上させていきましょう。