2016年にGoogleが提唱したとされる「CRE」ですが、CREという職業の歴史はとても浅く、認知度が高い役職ではありません。「CREチームを発足した」とうたう企業が増えてきた中で、そもそもCREとは何か、CREチームにどのようなメリットがあるのかを解説します

カスタマーサポートチームとエンジニアチームの両方を抱えている企業は、ぜひ自社の状況と比較してみてください。顧客サポートと開発についての「これから」を見直すきっかけになるかもしれません。また、どのような企業にCREチームが必要なのかも説明しますので、最後までご覧ください。

海外の最新コールセンターシステムやデジタル・コミュニケーションツールを、17年間にわたり日本市場へローカライズしてきた株式会社コミュニケーション・ビジネス・アヴェニューが解説します。

CRE「Customer Reliability Engineering」(顧客信頼性エンジニアリング)とは

まず、「CRE」とは何でしょうか。「Customer Reliability Engineering」の略称で、直訳すると「顧客信頼性エンジニアリング」です

コールセンタージャパン2023年3月号の28ページにあるインタビュー記事では、CREについて「サービスを利用するユーザーの技術的な不満点や不安の解消に特化した専門職種。(中略)カスタマーサポート部で働く社員の業務効率化を下支えするのがCREの役目」と説明されています。

CREのミッションは、とにもかくにも「顧客の不安を取りのぞき、信頼を獲得する」ことです。CREの仕事は多岐にわたりますが、主な業務として以下の内容が挙げられます。

  • 自社サービスの導入・活用支援
  • 包括的なテクニカルサポート
  • 顧客の声を開発チームへフィードバック
  • 顧客への技術的なプロダクト説明
  • エンジニアとしての知識が必要となるサポート

総じて「顧客体験向上」「効率化」「最適化」を目的とした業務内容です。

SRE(Site Reliability Engineering)とCREの違いは何?

CREと混同されがちな役割として、「SRE」があります。

「サイト信頼性エンジニアリング」を意味するSRE(Site Reliability Engineering)とCREは確かに類似した役職または業務内容を指します。しかし、2つの用語には明確な違いがあります。

CREとSREでは信頼性の対象が完全に異なります。CREは「顧客」に対しての信頼性を保つよう努める一方、SREは「サービス」に対しての信頼性を保つよう努めます。

信頼性を担保する対象が変わることで、業務上求められるスキルに関しても大きく異なります。間違いなくどちらも大事な役割ですが、混同してしまわないように注意しましょう。

CREに求められるスキル

CREには具体的にどのようなスキルが求められるのでしょうか。CREには以下の知識や経験があると有利です。

  • データ分析・統計の知識
  • WEB開発の経験
  • 現場メンバーとのコミュニケーション能力
  • 新しいテクノロジーへの対応力
  • テクニカルサポート経験
  • BtoB製品やSaaS製品のプリセールス経験
  • サーバー運用経験
  • サーバーモニタリングに関する知識

CREへ転職するのはどんな業種の人たちでしょうか。WEB開発などの経験があるエンジニア、またはコールセンターのオペレーターやSVがデジタルの知見を身につけて転職するパターンが多いようです。デジタルまたは現場のどちらかの背景を持つ人がCREを務めると、これまでのキャリアを活かしつつ即戦力となれます。

既存の社員からCREを選任したり、新規で採用したりする際の参考にしてください。

通常の問い合わせやサポートに加えて、テクニカルサポートも受け持つコールセンターでは、エンジニアリングチームからの協力を得つつ、オペレーターたちが技術面でのカスタマーサポートを行っているでしょう。本来は開発部門であるはずのエンジニアリングチームが、テクニカルなカスタマーサポートの兼務をしている例も珍しくありません。

一般的に「閉鎖的な部署」となりやすいコールセンターにおいては、他部署とのコミュニケーション活性化が非常に重要です。とくにエンジニアリングチームとの良好な関係やコミュニケーションは、テクニカルなカスタマサポートを提供する点で必須です

しかし、「チーム/部署間での連携は簡単ではないし、密に行うことはさらに難しい」と感じることがあるのではないでしょうか。

CREは、まさにカスタマーサポートチームとエンジニアリングチームの「スキマ」を埋めるポジションです。スタッフとお客さまをテクニカルな面でサポートするのがCREなので、サポートチームにとってもエンジニアリングチームにとっても専門外であった業務を専門とし、埋めるのが難しかった両チームの業務的スキマを見事に埋めてくれます。

では、今CREチームを会社内に設立することにはどのようなメリットがあるのでしょうか。ここからはCREチーム設立のメリットについて解説します。

CREチーム設立の3つのメリット

CREチームを設立するメリットは何でしょうか。3つのポイントを紹介していきます。

1. 開発担当エンジニアの負担を軽減できる

前述したとおり、「エンジニア」とひとことに言っても、従来のエンジニアが行う業務は多岐にわたっています。開発からメンテナンス、顧客のテクニカルサポートまで、技術的なことは全てエンジニアが担ってきたと言っても過言ではありません。

近年、各業界の人材不足も相まって、労働の長時間化や残業の多さが問題視されてきました。その多くは、突発的なカスタマーサポートや業務量の多さに起因しています。CREチームがいれば、従来のエンジニアが担ってきたサポート業務を完全に切り離すことができます。すると、より開発やメンテナンスといったエンジニアにとってのコア業務にリソースを割くことが可能になるのです。

「エンジニアがテクニカルなカスタマーサポートにリソースを割くほど、サポートの件数を減らしたり、サービスの利便性を高めたりするための開発が滞る…エンジニアのリソースが足りない…」もし今このように感じているのであれば、CREによるエンジニアとの棲み分けを推奨します。

エンジニアが開発のために動かしている手や思考をなるべく止めることなく、より効率的に業務へ集中できる環境作りは、会社や製品としての進化を止めないため、そしてDX化を止めないための必須項目です。エンジニアが開発に注力できることは、言うまでもなく企業にとって大きなメリットです。「新規開発の必要があるのに、リソース不足や業務効率の低さゆえに開発が思うように進まない」となれば、代償はエンジニアに負担をかけるだけにとどまりません。「するべきことができない」または「先延ばし」になってしまい、スタッフのサポートはおろか、お客さまの満足度や信頼を落とし、期待に背くことにさえ繋がってしまいます。DX化も進まなくなるでしょう。

一見関係ないように思えるかもしれませんが、エンジニアが開発業務に意識と時間を集中できる環境は、企業が目指す「顧客満足度向上」「顧客ロイヤルティ獲得」「業務効率化」を達成していくことに必要不可欠です。

また、エンジニアにとって「ブラック」と感じ得る労働環境も改善できるので、優秀な人材の取り合いとなっている現在において、人材確保や離職予防の観点からもCREの発足は有効な策となるでしょう。

2. 業務効率化・トラブル削減

サービスを利用する顧客の不安を取り除き、カスタマーサポートに関する社員の業務効率化を支えるCREは、常に「お客さま」と「カスタマーサポートチーム」のリアルな声にアンテナを張っているものです。

「必要なときのみコミュニケーションを取る/協働で作業を行う」という従来のカスタマーサポートチームとエンジニアリングチームの関係とは異なり、CREは日頃からカスタマーサポート業務の効率化・最適化をデジタル面でサポートできないか探ります。

ですから、CREが正しく機能すると、「実際に寄せられた問い合わせありきで顧客体験を改善していく」という従来のスタイルから脱却して、「最初から問い合わせが発生しない環境をつくるためにどんな改善ができるか」「どんな新しいツールが有効か」といったアプローチを常日頃から行っていけるのです。

おのずと、お客さまが何かのサポートに関して分からない・使いにくい・不安と感じて問い合わせてくる件数が減り、問い合わせ件数の減少と顧客満足度の向上が比例するようになります。

顧客が感じるであろう不透明さや不便さを可能な限り予想・払拭できると、顧客ロイヤルティの獲得は容易になります。また、クレームやカスタマーハラスメントといったトラブルを未然に防ぐことも可能です。カスタマーサポートにおいてとくに問題となっているカスタマーハラスメントを防げることは、企業がスタッフを守るという観点からも非常に重要です。

3. カスタマーサポート業務の社内認知向上、関係強化、サポートの効率化

カスタマーサポートチームとりわけコールセンターは、残念ながら社内でも認知度が低かったり、適切な評価をしてもらいにくかったりする部署です。

コールセンターだけで全てをクローズしてしまうことが多いため、他部署との関わりが少ない「閉鎖的な部署」になりがちです。「直接金銭的な利益を生まない部署」という印象が原因でマイナス評価をされるとも言われます。

CREがカスタマーサポートチームとエンジニアチームとの架け橋になって「スキマ」を埋められるようになると、会社全体のコミュニケーションや連携が円滑になり、カスタマーサポートチームの社内認知度や透明度向上が期待できます。

同時に、CREによってカスタマーサポートチームにもエンジニアリングチームにも偏らないフラットな視点を会社全体でもてるようにもなります。部署同士の関係強化にも取り組めるうえ、CREが顧客ファーストを実現するべく、蓄える多くの知見を全社的に共有していくことが可能です。

CREはテクニカルなカスタマーサポートへの対応も業務内容に含みます。ですから、コールセンターのオペレーターとCREが一緒に顧客対応にあたれる環境づくりは大切です。その一環として、コールセンターシステムの見直し効果的です。例えば、コールセンターシステムにシームレスな三者通話機能があると非常にスムーズなカスタマーサポートが実現できます。

また、充実したリモートアシスト機能があれば、CREが顧客のデバイス画面を見ながら説明したり、操作を代行したりすることが可能です。比較的複雑な画面操作が必要であったり、顧客がシニア層であったりする場合、画面操作について全て言葉で説明するよりも、視覚的に見せるあるいは代行する方が顧客体験の向上が見込めます。

参考:三者通話機能やリモートアシスト機能があるコールセンターシステム「Bright Pattern

CREチーム設置の事例

最後に、実際にCREチームを設立・運用している企業の例を簡単に紹介します。「CREチームの発足にメリットがあるとしても、今すでに人材不足に陥っている中でCREチームを選任するのは合理的ではない」と思われますか。さまざまな業界でどのような意図をもってCREチームが発足され、実際にどのような成果を生み出しているのかに注目してください。

株式会社メルカリ

「CSツール」と呼ばれる内製ツールでスムーズな顧客サポートを行っていたメルカリ。CSツールの改善をするチームと、アプリ本体の改善をするチームが別だったため、根本的に問い合わせを発生させないための策としてCREチームを設立しました。主に違反出品のモニタリング・検知など、顧客の安心・安全を支える機能の開発を行っています。カスタマーサポートチームとお客さまの声を分析し、新機能のアイディア出し、仕様の作成を担っています。

詳細:https://engineering.mercari.com/blog/entry/2018-02-27-185116/

弁護士ドットコム株式会社

弁護士ドットコムが提供する電子契約サービス「クラウドサイン」が、急激に拡大・浸透し、それに伴って予想もしていなかった問い合わせや課題が頻出し、専門性が求められるようになりました。「お客さまに一番近いエンジニア」という立ち位置としてCREを発足した結果、リソース不足が浮き彫りになっていた開発側で、30%のリソース確保ができたという成果が上がっています。

詳細:https://www.wantedly.com/companies/bengo4/post_articles/347909

株式会社hokan

株式会社hokanは、エンジニアが10名に満たない中でもCRE専任のチームを立ち上げました。開発のペースを緩めないために。プロダクト開発側とCRE専任チームを切り分けたたのです。現在では全ての顧客にCRE担当者がついていて、CSの担当者1人と合わせ、計2人体制のサポートが顧客につくかたちになっています。2020年度の時点では、同社のサービス継続率が99.4%を誇るという成果が出ています。

詳細:https://seleck.cc/1492

アソビュー株式会社

アソビュー株式会社では、業務効率化の視点から「アソビュー!」のカスタマサポートを立て直すとの目標のもと、CREチームが設立されました。CREチームでカスタマーサポートに問い合わせが集中する原因を突き止め、具体的な打開策(チャットボットの構築など)を講じた結果、電話による問い合わせが約70%、メールは約55%減少するという大きな結果を残しています。

詳細:コールセンタージャパン2023年3月号

株式会社アンドパッド

アンドパッドにおけるCREは、エンジニアからもカスタマーサポートからも頼られる存在となっています。顧客からの問い合わせに対して、既存のCXチームだけでは判断・対応できない場合が少なくありません。CREがいることで、開発部門へエスカレーションする前に正しい情報や操作方法を顧客へ伝えることができています。「使う人」と「作る人」の両方を知る立場として、社内でも貴重な存在とされています。CREチームが最もプロダクトを知っている存在となれるよう努めている結果として、CREチームが蓄えてきた知識が社内全体に広まり、ナレッジと高いモチベーションが波及しています。

詳細:https://www.wantedly.com/companies/andpad/post_articles/370616

最後に

記事の冒頭で「CREの歴史は浅い」と言いましたが、日に日に注目度とニーズが高くなっている職業であることは確かです。「CREの採用を開始」とうたう企業も増えています。CREがエンジニアにとっての一職業となってきていることは言うまでもありません。企業のDX化にはもはや欠かせない存在です。

これまで多くの企業が、「自己解決率向上」とそれに伴う「顧客満足度向上」を目標に、「FAQの見直し」や「顧客コミュニティの形成」などに注力してきました。しかし、それだけでは顧客ロイヤルティを獲得することは難しくなってきています。

顧客にとっては一方的に進んでいくように感じるDX化。「置いてけぼり」「難しくなった」「不透明なことが多く不安」といったネガティブな感情が生まれやすい中、お客さまはこれまで以上に企業からの「思いやり」や「人間味」によって得られる安心感を重要視することでしょう。

今のカスタマーサポートチームとエンジニアリングチームの二本柱で、顧客満足度の向上や顧客ロイヤルティ獲得、業務効率化、そして思いやりと人間味の提供ができるかどうかを考えるタイミングが目の前に来ています。