近年、ChatGPTやGeminiといった生成AIの導入が急速に拡大しました。

しかし同時に、「AIを導入しているにもかかわらず、業務全体の最適化には至っていない」という課題を感じている企業は少なくありません。そんな中、次なるAI活用のアプローチとして、「マルチエージェントシステム(MAS)」が注目を集めています。

本記事では、マルチエージェントシステムとは何か、なぜ今注目されているのかを整理し、シングルエージェントとの違いや、導入によって得られるメリットについて解説します。自社のAI戦略を見直すヒントとしてぜひ参考にしてください。

海外の最新コールセンターシステムやデジタル・コミュニケーションツールを、19年間にわたり日本市場へローカライズしてきた株式会社コミュニケーション・ビジネス・アヴェニューが解説します。

【この記事が解決するお悩み】

  • AI活用が進んできたものの、より複雑な業務まで自動化・効率化したい
  • ハルシネーションのリスクに不安がある
  • 単一のAIだけでは限界が見え始めている

 

 

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マルチエージェントシステム(MAS)とは

マルチエージェントシステム(Multi-Agent System、略MAS)とは、複数の自律的なAIエージェントを組み合わせ、連携・協調しながらタスクを遂行する仕組みのことです。

それぞれのAIエージェントが役割と特定の機能を持ち、計画を立てるAI、データを取得・分析するAI、実行を担うAIといった形で役割を分担します。ひとことで言えば、「AIのチーム」と表現できるでしょう。

最新のマルチエージェント対応AIプラットフォーム「GIDR.ai」 についてはこちらからご覧ください。

生成AIの導入を皮切りに、AIエージェントの開発・導入が急加速しました。しかし、AIエージェントを単体で導入するだけでは、業務全体の最適化につながるとは限りません

実際の現場では、用途ごとにAIを追加した結果、ツール同士が連携されないまま運用されるケースも少なくありません。

セールスフォースのレポート「Connectivity Benchmark Report」によれば、AIエージェントの導入が急加速している一方で、50%がマルチエージェントシステムの一部ではなく、サイロ化した状態で運用されているといいます。

このような状況から、AI活用が新たなフェーズに入っていることを伺えます。従来は「AIを導入すること」そのものに価値が置かれていました。現在は「複数のAIをいかに連携させて業務に活かすか」、が問われる段階に入っているのです。

これまでのAIは、特定の業務を効率化する「単機能ツール」として活用されるケースが一般的でした。たとえば、問い合わせ対応を自動化するチャットボットや、顧客データを分析するAIなど、それぞれが独立した役割を担っているケースです。

しかし、顧客接点の高度化や業務の複雑化にともない、単一AIでは「情報の一貫性を保ちにくい」「ハルシネーションが発生しやすくなる」といった限界が顕在化し始めています。では、単一のAIは「オワコン」になるということでしょうか。

結論から言えば、従来の単一AIとマルチエージェントシステムは、対立するものではなく、用途に応じて使い分けるべきものと言えるでしょう。

「マルチエージェントシステムの登場により、単一AIが役に立たなくなっていく」というものではありません。LLM(大規模言語モデル)の進化によって、AI同士が「言葉」で指示を出し合えるようになり、非定型かつ複雑なタスクの自動化が可能となっているからです。

とはいえ、マルチエージェントシステムへの期待値は高まっていて、次なるAIトレンドとして世界的な注目を集めているのは事実です。

AIエージェント導入を進める企業数は、2026年中に2倍へ増加すると予測されており、75%の組織が今後18ヶ月以内にマルチエージェントフレームワークを導入する計画を立てているといわれています。

さらに、マルチエージェントシステムプラットフォーム市場は、2025年から2030年にかけて著しい成長が見込まれています。2025年には78.1億米ドル、2030年には549.1億米ドルに達すると予測されており、年平均成長率は47.71%に上ります(※)。

この傾向から、マルチエージェントシステムが一過性のトレンドにとどまらず、今後のAI活用における基盤になる可能性が高いと考えられます。

※出典:株式会社マーケットリサーチセンター https://www.marketresearch.co.jp/insights/multi-agent-system-platform-market-mordor/

単一のAI―つまりシングルエージェントでは、多くの場合LLMが使用され、「ユーザーからの入力を理解→ワークフローを設計→ツールを呼び出し実行する」というプロセスでタスクが進行します。

タスクが比較的単純で明確に定義されている場合には、シングルエージェントの利用が適しています。

一方、マルチエージェントシステムでは、複数のAIエージェントがそれぞれの特性や専門性を持ち寄りながらタスクを遂行し、継続的に学習していきます。場合によっては、SLM(小規模言語モデル)を含む数千の個別エージェントを利用することも可能です。

タスクが複雑で多分野にまたがる知識を求められる業務には、マルチエージェントシステムが理想的だと言えるでしょう。

利用する各AIの性能そのものより、「業務とAIの親和性」や「AI同士の連携」がポイントになります。

AIといえば、なにはともあれ性能の高さを重視したくなるかもしれません。しかし、性能の高いシングルエージェントと、各AIの性能はそんなに高くなくとも連携ができているマルチエージェントシステムでは、マルチエージェントシステムの方が最適な場合もあります。

性能の高いシングルエージェントよりも、役割分担を前提としたマルチエージェントシステムが強みを発揮するのはなぜでしょうか。

5つの大きな理由を紹介します。

ハルシネーションの抑制

単一のAIは、自らの誤りを発見・修正することが得意ではありません。一方でマルチエージェントシステムでは、生成担当とチェック・レビュー担当を分業することで、人間の校閲プロセスに近い仕組みを再現できます。これにより、正確性が求められる実務での利用ハードルが下がり、AI活用の代表的なリスクであるハルシネーションへの対策が可能になります。

認知負荷の分散と推論ミスの防止

一つのプロンプトに大量の情報を詰め込むと、AIの処理精度は低下しやすくなります。マルチエージェントシステムではタスクを細分化できるため、各AIが自分の役割に集中できます。その結果、タスク全体の精度向上が期待できます。また、各段階のプロンプトをシンプルに保てるので、複雑なプロンプト設計による推論ミスの防止にもつながります。

システムとしての堅牢性

仮に一つのエージェントがエラーを起こしても、他のエージェントがエラーを検知してリトライしたり、代替手段を提案したりすることが可能です。システムの一部に障害が発生しても、システム全体の停止に陥りにくいという堅牢性を備えられます。

柔軟性の向上

タスクが多岐にわたる場合でも、内容に応じて処理フローを切り替えられます。たとえばコンタクトセンターでは、単純なFAQ対応だけでなく、状況整理や応対履歴の参照が必要な複雑な問い合わせも増えているのが現状です。

マルチエージェントシステムであれば、要約を重視するケースや、情報抽出を優先するべきケース、判断ロジックを重視するべきケースなど、状況に応じた使い分けが可能です。

日本語対応していないモデルの活用

抽出や中間推論の段階では、必ずしもユーザーである人間が理解できる出力である必要はありません。AIが理解できる形式であれば、英語のみ対応のモデルを組み込むことも可能です。

単一AIで日本語出力まで担おうとすると選択肢は限られますが、マルチエージェントシステムであれば、業務や用途に応じて最適なモデルを柔軟に設計できます。

では、マルチエージェントシステムを導入した際の具体的なメリットにはどのようなものがあるでしょうか。とりわけ、コンタクトセンターに代表されるカスタマーサービスの分野で導入されているケースに注目してみましょう。

本記事では、代表的な4つのメリットを紹介します。

業務効率化と処理スピードの向上

複数のエージェントがタスクを分担し並行して作業することで、全体の処理時間を大幅に削減できます。たとえば、メインとなるエージェントが顧客との対話を進め、「日程調整」「問診・切り分け」「在庫管理」といったタスクごとに専門エージェントを呼び出し、必要なアクションを実行するといった仕組みを整えられます。

処理精度と知見の向上

シングルAIエージェントだけでは難しい処理でも、高精度での実行が期待できます。専門分野に特化したエージェント同士が、相互に検証・補完することで、エラーの発生を大幅に抑えられるのです。

人員の有効活用

定型的で負荷の高い作業をAIに任せることで、人間はより創造性や判断力、「人間味」が求められる業務に集中できます。その結果、顧客接点の改善や関係構築といった、より付加価値の高い取り組みに注力しやすくなります。

顧客体験向上

カスタマーサービスにおいて、従来の自己解決では「Webサイトを探す→チャットボットに聞く→FAQを案内される」といったチャネルの「たらい回し」が課題になりがちでした。

マルチエージェントシステムであれば、たとえ背後でいくつものAIエージェントが動いているとしても、お客さまは応対担当のAIエージェントとのやりとりだけで問い合わせを完結させることが可能です。

お客さまが各チャネルのインターフェースに合わせて操作しなければいけないという負担を軽減し、結果として顧客体験の向上に寄与します。

すでに「maestra」(vottia株式会社)のようなマルチエージェントによる顧客対応の完全自動化ソリューションなどの開発が各社で進んでいます。

マルチエージェントシステムの強みや導入メリットを強調してきました。「結局どちらが良いの?」と思われている方もいらっしゃるでしょうか。しかし、シングルエージェントとマルチエージェントシステムは、単純に優劣を比較できるものではありません。重要なのは、「どの業務にどちらを使うか」という設計視点です。

比較的シンプルで定義が明確なタスクには、依然としてシングルエージェントが適しています。一方で、複数の工程や専門知識を必要とする業務、またすでに複数のAIを利活用しており、サイロ化を不安視する企業においては、マルチエージェントシステムが真価を発揮すると考えられます。

「AIの導入」に重きを置いてきた数年前とは変わり、今後は「AIをどのように組みあわせ、どの業務を自動化するか」を設計するフェーズへと移行していくでしょう。

単一AIの延長では対応が難しいと感じ始めているのであれば、次の打ち手としてマルチエージェントシステムを検討するのは、有効策と言えるかもしれません。