Apple Vision proやMeta Quest 3の登場によって、今後急速に日常生活やビジネスの現場に普及していくと考えられるAR。もしくはARをはじめとしたXR。

しかし「ARはまだ実用的ではないのではないか」「ARをビジネスで使うイメージがわかない」と感じられるかもしれません。

今回は、ARとは何なのか、ARがビジネスでどのように活用できるのか14の事例を紹介していきます。ARと混同しがちな用語の解説もしているので参考にしてください。

ARの活用領域は増加傾向

ARはこれから利用者数においても、市場規模においても拡大していくと予想されています。いつも最新ツールの起点となる米国では、今どのような傾向がみられているでしょうか。

米国ではARがゲーム業界にとどまらず、製造業や医療分野をはじめとするビジネスの分野で活用されるようになっています。


引用:米国の小売業界で普及する拡張現実(AR)の動向

上図にあるように、米国における2020年のAR利用者数は7000万人ほどでした。しかし2024年には1億人を超えていくと見られています。

市場規模も2028年までには、2023年の3倍強にあたる116億ドルに達する見通しです。年平均成長率は28%と予測されています。

2024年2月2日にApple Vision proが発売されました。Apple Vision proのパススルー技術の進化に業界が驚いています。今後、AR機器の低価格化と普及が進んでいくと、ビジネスの現場での活用がさらに加速することでしょう。

もしかしたら製造業の現場で、軽量のヘッドマウントツールかARグラスを使用しながら点検作業や製造作業が行われることが日常になる時代がくるかもしれません。

ARって何?

ARとは「Augmented Reality」の略で、拡張現実と訳すことができます。現実世界に仮想世界を重ねて体験できる技術のことです。

たとえば、展示会に行ったときに、展示されている製品の説明を表示させたり、製品のデモを映し出したりすることができるのがAR技術です。

AR・VR・MR・XRの違い

ARと間違えやすい用語が、VR・MR・XRです。それぞれの用語について簡単に解説していきます。

VRとは

VRとは「Virtual Reality」の略で、日本語では仮想現実と呼びます。仮想世界を現実のように体験できる技術です。

たとえば、展示会に行かずとも、ヘッドマウントツールを装着すれば自宅に居ながらにして3Dのバーチャル展示会に行けるというイメージです。

MRとは

MRは「Mixed Reality」の略で、複合現実と訳せます。簡単に言うとARの進化版です。現実世界と仮想世界をより高度な次元で複合させます。

たとえば、ARでは展示会で製品の説明を表示させられましたが、MRではそれ以上のことが可能です。ARによる説明に触れて、画像を表示したり、動画を再生したりすることができます。

※Apple Vision proは、MR技術を主に採用しています。

XRとは

XRとは「Cross Reality」の略で、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、MR(複合現実)の総称として使われている用語です。

※XRはExtended Realityの略とされることもあります。

従来はAR、VR、MRとそれぞれ用途別にデバイスが分かれていました。しかしApple Vision proやMeta Quest 3の登場により、各技術はひとつのデバイスの中に収束しつつあります

ARのビジネスにおける活用事例14選

国内におけるビジネスの現場では「ARはまだ実用的ではないのでは?」「ARをビジネスで使うイメージがわかない」といった声が聞かれます。一方でARをはじめとするXR技術は、各ビジネスの現場で実際に使用され始めています。業界別に事例を紹介していきます。

カスタマーサポート

スキャナーやコピー機を設置する際、また故障時にARを使ったカスタマーサポートが行われています。最新ARツールでは、AIを活用したデジタルマニュアルも表示できます。

1. Visioneer社

Visioneer社はドキュメントスキャナーのリモートサポートを提供するために米国ゼロックス社と提携しています。以前は、顧客が使用するスキャナーが故障した際のテクニカルサポートに問題を抱えていました。顧客の状況を把握するために時間がかかりすぎ「顧客サイドのダウンタイムが長引いてしまう」「技術者の派遣やスキャナー交換の必要性が頻発する」といった課題があったのです。

しかしARプラットフォーム「CareAR」を導入し、数千ドルのコスト節約と331%のROIを達成しました。技術者がビデオ通話でARアノテーションを使いながらテクニカルサポートを実施し、迅速な問題解決ができています。さらに、顧客がデジタルマニュアルを見ながら自己解決できる環境も同じツールで構築しました。

参考情報:遠隔メンテで達成するカスタマーサービスの向上とコストの削減-Visioneer社

フィールドサービス

フィールドサービス(現場作業)を行っているスタッフをスマートフォン、タブレット、スマートグラスを通して、本社のベテラン技術者がARを使った遠隔サポートをしています。

2. 小松製作所


※画像イメージは開発中のもの 引用:コマツと面白法人カヤック、スマートコンストラクション事業で協業 新サービス「Kom Eye AR」をリリース

小松製作所は、建設業界に見られる「人手不足」「スタッフの高齢化」といった問題を何とか改善したいと考えていました。そこで、現場の効率化と合理化を進めるためにARプラットフォーム「Tango」の実証実験を開始します。

結果、ARによって施工前の現場に完成形データを重ねたり、重機の配置などを検討したりできるようになりました。

参考情報:コマツと面白法人カヤック、スマートコンストラクション事業で協業 新サービス「Kom Eye AR」をリリース
現場を高精度な3次元データで再現しどこからでも施工進捗の把握が可能に!

3. 戸田建設

戸田建設では建機の搬入経路や、作業員の動線確保を決める事前準備に時間がかかっていました。ARツール「建機AR」を開発することで、現場の映像に建機を重ねることができるようになります。より効率的な搬入や、安全な動線を確認できるようになりました。

参考情報:AR技術で作業所の安全確保と省力化を実現!

物流

AR技術は、物流の現場でも様々な使われ方をしています。

4. チャンギ国際空港

チャンギ国際空港では、ランプ作業を効率化するためにスマートグラスを活用しています。ARにより貨物の搭載方法が作業員に提示され、貨物の積み下ろし時間を短縮します。1フライト15分の時間の短縮が可能と期待されています。

参考情報:シンガポール・チャンギ空港の地上業務、ARグラスで15分の積載時間短縮

5. 成田空港

成田空港ではARアプリ「PinnAR(ピナー)」が活用されています。空港内のチェックインカウンターや、出国時と帰国時の動線をナビゲーションしてくれます。

参考情報:「成田空港内の移動をAR案内、出国時から帰国時まで目的地をルート案内、テレコムスクエア社のPinnAR(ピナー)

追記

空港や航空会社におけるARの活用は世界中で進んでいます。人手不足という問題に対処するため、飛行機のメンテナンス空港の保守業務において「AR」や「デジタルツイン技術」が活用されています。

たとえば、オランダ・スキポール空港では、空港運用を最適化するためにデジタルツイン技術が採用されています。

参考情報:空港技術の開発・活用に関する海外事例

6. DHL

物流大手DHLは、倉庫でのピッキング作業を合理化するために「Google Glass」を導入しました。DHLは2016年からAR技術の活用を積極的に進めていましたが、より一層ARの活用に力を入れています。ハンズフリーで貨物の情報を確認できるようになり、効率性と共に正確性の向上が実現できました。

参考情報:物流大手DHLが「Google Glass」新モデルを導入、業務効率化に向け

7. 米国の輸送業者

米国内随一の鉄道システムを誇り、国内における全電力の25%の発電量に匹敵する石炭のバルク貨物輸送等も手掛ける北米の大手複合一貫輸送業者は、輸送業務と保守作業に課題を抱えていました。

ARプラットフォーム「CareAR」を導入することで、問題解決の時間を大幅に改善します。作業時間を52%改善、リモートサポートによる解決率を72%にすることができました。

参考情報:CareAR利用事例ー複合一貫物流・輸送業者

製品の保守業務(リモートメンテナンス)

ARは製品の保守業務(リモートメンテナンス)でも活用されています。データサーバーの保守管理や、フランチャイズの各店舗に導入されている製品の保守管理でARが活躍しています。

8. ゼロックス社データセンター

英国のゼロックス社データセンターでは、遠方にあるサーバーのトラブルシューティングに問題を抱えていました。電話やメールを使ったサポートだけではダウンタイムが伸びてしまうという課題や、サーバーを介して提供するサービス品質が低下するといった課題がありました。

ARプラットフォーム「CareAR」を導入したことで、1人のエンジニアだけを現場に派遣し、現場の状況を本部の専門家チームがサポートする環境が出来上がりました。ARによって矢印やテキスト注釈などのアノテーションを活用し、ダウンタイムを大幅に短縮できたのです。出張の人数と頻度を抑えられ、CO2排出量の削減にも成功しました。

参考情報:XeroxデータセンターCareAR利用事例

製造業における現場作業

製造業においては、作業指示や安全作業のサポートといった面でARが活用されています。

9. 株式会社明電舎

株式会社明電舎では、現場作業で危険な箇所にビーコンを設置するようにしました。ARグラスを着用した作業員がビーコンに接近すると、アラートが表示されます。そして、危険個所でのルールを解説した動画が再生されます。

その他にも、日常点検、定期点検、異常発生時に作業の効率化と確実性を確保するためにARを活用しています。

参考情報:AR眼鏡で危険認識 明電舎が安全管理システムを運用
保守メンテナンスにAR(拡張現実)を導入します

追記

前述しましたが、Apple Vision proやMeta Quest 3では、パススルーの精度が非常に高くなっています。ヘッドマウントディスプレイをしながら移動したり、生活したり、仕事をしたりすることが不可能ではなくなりつつあります。今後、ヘッドマウントディスプレイの軽量化や低価格化が進んでいくと、AR機器を装着しながら現場作業をする未来が予想できます。

小売り

ARは薬局でのピッキングや化粧品の説明などの分野で活用されています。

10. NEC

東京女子医科大学東医療センターの薬剤部では、調剤時のピッキングのミスが課題となっていました。NECのスマートグラスによるARピッキングを導入した結果、ミスを大幅に軽減できたのです。

化粧品メーカー「ドクターシーラボ」は、NECのARシステムを活用して来店客が接客なしで商品情報を取得できるようにしました。商品にタブレットをかざすと、商品の使い方に関する動画が流れたり、多言語でPOP画像を表示したりできます。

参考情報:東京女子医科大学東医療センター 様 実証実験
株式会社ドクターシーラボ 様 実証実験

研修

講師の人材不足により、研修の効率化や短縮化が各企業の課題です。ARによって研修プログラムを改善している事例を紹介します。

11. 株式会社明電舎

株式会社明電舎では、研修に課題を抱えていました。研修で技術習得に時間がかかる一方、ベテラン作業員が高齢化で少なくなり、技術継承が困難になってきていたのです。そこでARを活用した体感型トレーニングシステム「AR 教育システム」を構築しました。

▶参考情報:ISID、明電舎の技術研修センター「Manabi-ya」へAR トレーニングツールを提供

12. 東京メトロ

東京地下鉄株式会社(東京メトロ)では、ARを活用した研修アプリを開発しています。トンネルや橋りょう、そして高架橋において発生するトラブルをタブレット上で再現できます。

参考情報:AR(拡張現実)技術を活用した土木構造物の維持管理教育用アプリの使用を開始しました

自社製品への導入

ARプラットフォームを自社製品へ組み込み、製品力を高める事例もあります。

13. Service IT Direct社

米国Service IT Direct社は、自社製品にARプラットフォーム「CareAR」を組み込み、カスタマーサポート用の製品を提供しています。

自社製品でARを活用した遠隔サポートを実施できるようになったため、従来のオンライン接客をレベルアップさせることができました。結果、Service IT Direct社の製品を利用したカスタマーサポート企業は85%のコスト節約を達成できています。

参考情報:Service IT Direct社が自社製品い導入したCareARの技術

観光

観光業界でもARは活用されています。ARによって地図が不要になったり、多言語で名所の解説が可能になったりしています。

14. 東京都庁

国土交通省を中心とした実証事業の一環で、ARナビゲーションアプリ「PinnAR(ピンナー)」が東京都庁などで活用されています。都庁内の道や施設案内をARでしてくれます

東京都庁以外にも、成田国際空港、玉川高島屋SC、新宿駅へ導入しています。

参考情報:「迷った場所から自動ルート検索できる屋内ARナビアプリ「PinnAR」 | 未来の首都「スマート東京」へ 東京都庁に初導入
屋内ARナビゲーションアプリPinnARの展開について

最後に

Apple Vision proやMeta Quest 3の存在により、ARは普及していくのでしょうか。お気づきの方がいるかもしれませんが、今回紹介した事例の多くは数年前のものです。つまりARはすでに最新技術ではなく、実証実験を数年行い続けてきた成熟された技術であると言えます。

とくにカスタマーサポート、製造業、フィールドサービスの分野では、ARをはじめとするXR技術が活用されています。デジタルツイン技術も併せて活用されている状況です。ARを含むXRは十分実用的であると現場では認められているのです。ARプラットフォームのベンダーも経験を積み、実用化に向けたサポートを手厚く行えるようになってきています。

AR技術を活用することによって、顧客満足度と従業員満足度を向上させていきましょう。