前回の記事で注目したように、現代のカスタマーサービスにおいて、コンタクトセンターを含む顧客接点においては顧客の期待が高まっており、24時間対応や即時対応、チャネルをシームレスにまたいだ対応が当たり前になっています。そうした背景において、労働力の確保やコスト節約といった課題がこれまでになく大きく企業にのしかかっています。

そこで注目されているのがAI技術です。AIは、反復的な業務の自動化やデータ分析で大きな力を発揮しています。

たとえば、データ入力やスケジュール管理といったルーティン業務をAIがこなすようになれば、オペレータはよりクリティカルな問題解決や顧客対応に集中できるようになります。AIを通じたリアルタイムでの顧客対応モニタリング・分析は、オペレータのパフォーマンス向上にも役立ちます。

顧客接点に大きな影響と可能性を及ぼしているAIですが、「もうコンタクトセンターはAIのみで構築してしまったほうが効率的だ」と考える企業が存在してもまったく不思議ではありません。現にそういう声が上がっているのです。

海外の最新コールセンターシステムやデジタル・コミュニケーションツールを、18年間にわたり日本市場へローカライズしてきた株式会社コミュニケーション・ビジネス・アヴェニューが解説します。

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「ヒューマン・イン・ザ・ループ」のススメ

「ヒューマン・イン・ザ・ループ」のススメ

それでも、AIだけでは対応できない部分が存在するのも確かです。お客さまの感情に寄り添い、共感を示すこと、その場の状況応じて対応を柔軟に変化させること、そういった部分は人間の持つ強みです。

とはいえ、たしかに今やAI全盛の時代。AIを使うか使わないかという選択肢では最早なく、AIを活用していかに「生産性を上げるか」「人手不足状態を打破するか」「少ない労力で最大の成果を出すか」という方向性へシフトしています。

AIという用語を見ない日は1日とてない状態ですが、一方で、すでに「AIはもうお腹いっぱいだ」という雰囲気もそこはかとなく漂っています。

AIを導入した企業は多いものの、AIを活用したプロジェクトはその8割以上が立ち消えしている、また生成AIプロジェクトはその1/3が2025年までに中止に追い込まれそう、などという報告もあり、良いことばかりとも言えない世界線がぼんやりと広がっているようにも見えます。

「AIを活用する上で、どんなアプローチが効果的で関係者すべてがハッピーになれるのか」という観点で模索している企業も多いのではないでしょうか。

こうした状況で注目されているのが、ヒューマン・イン・ザ・ループ(Human-in-the-loop, HITL)というアプローチです。

「ヒューマン・イン・ザ・ループ」とは、AIを導入した自社システムを効果的かつ安全に運用するためには、どうしたって人間の関与が欠かせない、という考え方です。

今回の記事では、このヒューマン・イン・ザ・ループをじっくりと考えてみたいと思います。

▶HITLの仕組みが作りやすい企業向けAIプラットフォーム「GIDR.ai」

ヒューマン・イン・ザ・ループ(Human-in-the-loop, HITL)とは

ヒューマン・イン・ザ・ループ(Human-in-the-loop, HITL)とは

そもそもヒューマン・イン・ザ・ループ(以下、HITL)とは、どのような概念なのでしょうか?

HITLは、AI技術がどれほど進化したとて、人間による監督・判断が必要であるという前提に基づいた概念です。

とくに機械学習を活用するシステム、たとえば生成AIなどは、自ら意味を理解し自分の信念や意見、知識を持ち、それらをベースに処理をしているわけではありません。彼らのようなあくまで「機械」が扱う情報は全て、人間が提供するデータに依存しています。

よって、AIをトレーニングし、テストし、監督する役割を担うのは人間である、という考え方です。これが基本的なHITLの定義です。

コンタクトセンターを含めた顧客接点という文脈で、HITLについて考えてみましょう。

HITLとは、AIを組み込んだコンタクトセンターソリューションやカスタマーサポートシステムに、人間を積極的に介在させるということです。

「AIと人間の専門知識をシームレスに融合し、お互いチームとしてコラボレーションすることで、顧客対応だけでなくビジネスプロセス全体を改善し生産性を向上させていく」、そんな世界が見えてきます。

重要なのは、AIと人間との連携を構築すること、AIを完全自律した存在としてではなく、有能なチームメイトとしてとらえること、です。

まさに、これまで数多の物理的・デジタルのツール、ソリューション、機械が人間の能力を向上させてきたように、推論や論理的思考が可能なAIも、これまでになかった仕方で我々人間を支援し、人間のキャパシティを大きく向上させる可能性を秘めているのです。

HITLのメリット6つ

HITLのメリット6つ

HITLという視点から考えると、AIは人間を機械と置き換えるのではなく、人間にとって頼れるパートナーとなります。

たとえば、自動化が反復的な業務を効率化するように、AIは人間の問題解決能力を強化することができます。AIが複雑なデータを分析し、瞬時にインサイトを提供して、サジェストという形で人間の意思決定を手伝う。ここでは、AIが各ステップで適切な提案を実施し、人間の業務を支援します。

自動化の構築やチームメンバーのトレーニングなど、通常は時間とリソースが必要となるタスクも、AIが担当することができます。

オペレータが対応中の会話ログを自動で文字起こしして要約を生成し、パフォーマンス評価や品質管理などに役立てることで、人手を介さないアフターコールワークの自動化にもAIを活用できます。

一方で、ハルシネーションセキュリティ問題など、依然としてAIにまつわる懸念が存在していることを考えれば、すべてをAIに任せ、人材もAIと置き換える、そしてAIによる自動化を人間の監視・監督・判断なしで展開するのは、非常にリスキーです。

でもこのリスクは、HITLというアプローチを導入することにより、AIの力を活用しつつも、人間が全体をコントロールする。そうした運用設計にすれば、AIの可能性を最大限に引き出しつつ、リスクを最小限に抑えることができます。

HITLであれば、以下の6つのメリットが見えてきます。

品質管理:人間による品質管理は非常に重要です。満足度の高い顧客体験を提供するためにも、人間によるチェックは欠かせません。専門家によるAIシステムのファインチューニングを施すことで、レベルの高い品質管理体制を敷くことができます。

バイアスの回避:トレーニングデータに依存するAIは、出力内容にバイアスが入ることがあります。人間がしっかりとこうしたバイアスを修正してチューニングすることで、公平で信頼性の高い結果を提供できます。

データの監査:ラーニングを通じて成長していったとしても、常に新しいデータや状況が発生します。このような未知のデータは、トレーニングデータとして使用する前に、人間による適切な処理が必要です。データを監査してクレンジングすることで、AIの適切なトレーニングが可能となります。最終的には複雑な問題の解決に繋がることで、顧客のメリットを生み出せます。

トレーニングデータ:人間によるトレーニングデータ作成支援により、人間ならではのスキルやナレッジが機械学習に効果的に取り込まれることになります。

スピード:人間が介入することで、モデルの構築や改善がより迅速化し、顧客対応のスピードもこれまで以上に向上します。

精度と信頼性:人間のナレッジが組み込まれることで、全体的な精度と信頼性が向上します。人間レベルの物の「考え方」や「精度」が一貫してシステム内に取り込まれるからです。

HITLの課題5つ

HITLの課題5つ

HITLを考慮して導入する際には、以下のような課題が5つ存在します。

適切なバランスの見極め:複雑な問題には依然として人間の力が必要です。また、人間のオペレータと常に話したいという顧客側のニーズも依然として存在します。顧客が人間と接することのできるオプションを準備していることが大切です。

AIトレーニング素材の選定:AIにすべてのデータを自由に与えるわけにはいきません。そのため、コンテツやデータを慎重に選び、安心できるトレーニングを実施する必要があります。AIが無関係な回答を生成しないようにするためにも、詳細なデータを提供しつつ、ナレッジのギャップを防ぐためのバランスが必要になります。

人間のオペレータ向けトレーニング:HITLの考え方を、システムを利用する全ての当事者がしっかり理解している必要があります。どのようなデータがAIを混乱させるのか、またはバイアスを発生させる可能性があるのかを理解することも大切です。そのための教育とトレーニングが必要です。

透明性の確保:AIの存在をどこまで隠すか・見せるか。顧客がやり取りしているのは「人間じゃない」と知らせるべきか否か。AI時代、答えは明確です。顧客に対するリスペクトという観点からも、AIがシステムに組み込まれているという事実を伝えるのは大切です。

データプライバシー:トレーニングに使用される機密データは、漏えい等を避けるためにも厳格なガイドラインに従いコンプライアンスを保つ必要があります。公平性やバイアス、精度に関しては、定期的な監査が必要です。

ヒューマン・イン・ザ・ループが活用できる分野5選

ヒューマン・イン・ザ・ループが活用できる分野5選

1. QAとオペレータ評価

コンタクトセンターにおけるQAプロセスは、時間と労力を要します。従来の方法では、QAマネージャーが対話を聞き取って一回の通話につき20以上の質問があるスコアカードに手動で記入し、オペレータへのフィードバックが行われていました。時間と労力がものすごくかかるこのプロセスでは、効果的で効率的なフィードバックやQA業務を行うことが困難でした。

しかしAIを使用することで、QAスコアカード記入を自動化できます。AIによりオペレータの対応がQA基準を満たしているかどうかが判断され、顧客との対話は100%スコアリングされます。QAマネージャーは、声のトーンやナレッジのギャップなど、複雑な基準に基づく評価に時間を多く使うことができるようになります。より効果的なパフォーマンスチェックとコーチングが可能となるため、QA自体の質が上がるだけでなく、何よりもオペレータの対応品質、ひいては顧客体験・満足度も向上していきます。

2. アフターコールワーク(ACW)

オペレータが実施するアフターコールワーク(ACW)には、通話内容の記録やログの保存、フォローアップのスケジュール設定、CRMの更新などが含まれています。アフターコールワークは、顧客情報を最新に保ち、フォローアップを含めて、適切な顧客対応の実施に不可欠です。しかし、アフターコールワークが煩雑であればあるほど、顧客対応に割く時間は減っていきます。ここでAIがアフターコールワークを自動化できると、オペレータの生産性が向上します。

たとえば、コールリーズンや必要なフォローアップタスクを自動的に特定し、CRMに記録。さらに特定のフレーズやアクションが会話中に検出されたときには、自動的に通知が送られる。そんな仕組みがあれば、オペレータには時間が生まれます。また生成AIをここで活用すれば、通話内容の文字起こしテキストをもとに対応を自動的に要約することが可能となります。その後にオペレータが内容を確認して必要に応じた修正を加えれば、効率的なアフターコールワークが実現できます。

3. 顧客対応のパーソナライズ化

AIは、どのタイミングで人間による積極的な対応が必要かを判断するサポートができます。

たとえば、クローズされたチケットごとに予測顧客満足度スコアを算出し、満足度が低いと予測されたチケットは、自動的に再オープンされて人間のオペレータにエスカレーションされます。エスカレーションされたオペレータは、顧客に連絡を取るか否かを判断します。こうしたパーソナライズ化により、ネガティブなフィードバックが送られるリスクも低減できます。AIと人間のコラボレーションレーションにより、顧客の信頼を勝ち取ることができるのです。

4. 応答生成

生成AIのチャットボットは、多くのコンタクトセンターで導入されています。従来のチャットボットと異なり、生成AIチャットボットは、複雑な問い合わせにも対応できる可能性を秘めています。また使い続けることで学習し、より賢く成長します。

一方で、ハルシネーションや間違った回答を生成するというリスクも存在しています。チャットボットによる誤った料金情報に基づいた払い戻しや、「1ドルで新車販売」といった誤った情報の提供など、実際にそうした事案が発生しています。

こうしたリスクの低減には、やはり人間の監視を取り入れることが有効です。応答を顧客に送信する前に人間が正確性を確認するプロセスを取り込むことで、リスクを抑えることができるでしょう。

5. 顧客体験インサイトの発見

顧客体験を改善するためのインサイトはこれまで、アンケートや顧客インタビューを通じて収集されてきました。しかし、サンプルバイアスが生じやすく、詳細なニュアンスを把握しにくい手法のため、質を担保した形でインサイトを収集するには時間とコストが掛かります。

AIを活用することで、コンタクトセンターにすでに蓄積されているデータをもとに、素早くインサイトを収集することができます。顧客との会話データを分析し、満足度や不満の要因、解約のリスク、一連の顧客体験におけるペインポイントや障害といった重要なインサイトを発見することができます。効果的なインサイトの収集により、顧客体験を改善する上で必要となる具体的なアクションを立案することができるのです。

ここで大切なのは、AIは改善のための情報を提供するだけである、という点です。その情報を活用してインサイトを取得し、実際にアクションを実行するのは、人間です。

最後に

Boston Consulting Groupの分析によれば、生成AIによりカスタマーサービス業務の生産性は、3割から5割向上するという予測が立てられています。

たしかに生成AIは、顧客接点に大きな変化をもたらしています。しかし、生成AIを含むAI技術を本当の意味で有効活用するには、やはり人間を介在させることが必要です。言い換えると、人間とAIの協働を通して、これまでにない強力なパートナーシップを築くことが重要であるということです。

AIはデータ分析やパターン認識、文脈分析に人間を超えたスピードで力を発揮する一方で、人間は問題解決や判断力に優れています。AIが人間の不得意な部分を補完して人間の能力を高めつつ、人間がAIの手綱をしっかり握って全体をコントロールする。そして、強力なチームメイトとしてのAIを活用して、創造性や革新性を高めること。

HITLは、AIと人間のコラボレーションという「新時代の働き方」を提案しているのです。