2025年に入り、ますます加速するAI技術。その大きな要因の一つが、2024年後半から急速に注目を集めている「AIエージェント」です。
会話やタスク処理を自律的に実行できるこの技術は、すでに多くの業界で導入が進んでおり、業務プロセスの自動化や効率化を後押ししています。
とくに2025年は「AIエージェント元年」とも呼ばれ、今後さらなる普及が見込まれ、業務の高度なデジタル化が加速しています。そんな中で、新たな注目を集めているのが、「AIクローン」です。
いわゆる「デジタルな分身」とも言えるこの技術は、単なるチャットボットを超え、話し方や性格といった「人間らしさ」までも再現し、次世代顧客接点として新たな価値を生み出しています。
今回のエントリでは今注目の「AIクローン」技術に焦点を当て、海外や国内のトレンド・事例なども交えつつ、そのビジネスインパクトや未来像を探っていきます。
海外の最新コールセンターシステムやデジタル・コミュニケーションツールを、18年間にわたり日本市場へローカライズしてきた株式会社コミュニケーション・ビジネス・アヴェニューが解説します。
この記事が解決するお悩み
「AIクローン」ってAIエージェントと何が違うの?
うちのBPO業務で、AIクローンは本当に使えるのかな
AIクローンでBPOの人材不足をどう解消できるんだろう
コンタクトセンター市場や関連業界のみならず、ビジネスの世界でも激動の年だった2024年。AIの飛躍的な進化と企業や一般への浸透、顧客接点の多様化、そしてオフィス回帰といった働き方の変化により、企業が直面する課題は多岐にわたっている中、顧客の期待値はこれまでにない高まりを見せています。このような変化の中で、コンタクトセンターの持つ役割は単なる問い合わせの枠を超え、企業と顧客を結ぶ戦略的な顧客接点として機能し続けています。ただしその実現には、単に効率化を追求するのだけではなく、顧客一人ひとりの体験価値... 2024年の課題と2025年へ向けた戦略:AIと人間が創るコンタクトセンターの世界線 - TPIJ by CBA |
AIクローンって何?その定義と背景
まずはこの気になる技術、「AIクローン」についてポイントをしっかり押さえておきましょう。
AIクローン(デジタルクローン)とは、「特定の個人の言葉遣い、思考パターン、(担当業務に特化した)ナレッジ、声のトーン、そして意思決定プロセス含めて高精度に模倣するAI技術」です。
簡単に言えば、もう一人の自分をデジタル空間に作り上げる技術です。
一昔前の藤子・F・不二雄氏の漫画「パーマン」に出てくる「コピーロボット」をデジタルで再現する、という感じでしょうか。
もう少し専門的に表現してみると、人間の対話データを学習データとして使用し、データとして使用したその人物の話し方や語彙、言葉遣い、思考パターンを再現した分身を作る技術、となります。
AIクローンの特徴
AIクローンの特徴として、以下の3点が特徴として挙げられます。
- 個別化:特定の個人や企業の特性に合わせてカスタマイズ
- 用途の特化:メール返信、顧客対応、会議出席など、特定の目的・タスクに応じて活用できる
- 人間らしさ:これまでのチャットボットは機能的で機械的な応答だが、そこに個人特有の話し方や表現、判断プロセスが再現されている
AIクローンを可能にする技術とは
以下のような技術的要素がAIクローンを実現しています。
- 大規模言語モデル(LLM):これがないと始まらないコア技術で、膨大なテキストデータから学習して、人間が読んでも自然に理解できる文章生成能力。AIクローンではこのLLMを特定の個人の文体や思考パターンに特化させ、その人らしさを再現している。• 音声合成(Text-to-Speech):たとえばRespeecherなどが開発している音声クローン技術は、少量(または数秒)の音声サンプルから話し手の声の特徴や声質、イントネーション、アクセント、間合いなどを学習して、新たなテキスト情報を学習したとおりに再現することが可能。
- 感情分析:テキストや音声から感情を読み取り、適切な感情表現を付加する。感情的な特徴をも再現でき、自然なコミュニケーションへとつながる。
- パーソナライズドAI:過去の発言やメール、SNS投稿、会議での発言といった多種多様なデータソースを分析し、その人物の知識体系や価値観、意思決定プロセスをモデル化。
- ディープフェイク映像技術:動画や画像での表現には必須で、視覚的に人物を再現することが可能に。ライブコマースやビデオコールセンターなどで活用が進む。
AIクローンとAIエージェントの違い
そんなAIクローンですが、今世間を賑わせているAIエージェントとはどう異なるのでしょうか。
- 個人特化型か汎用型か:通常チャットボットには、一般的なナレッジや応答パターンが仕込まれています。一方AIクローンでは、特定の個人の専門知識や意思決定パターン、価値観が学習され反映されています。
- 人格再現の一貫性:AIクローンは、その人物の一貫した人格を維持して応答します。状況に応じて最適な応答を返す一般的なAIと異なるところです。AIクローンは、元の人物が持つ特有表現や見解を反映して回答します。
- 発展的学習能力:AIクローンは元となる人物の新たな対話や活動データを継続的に学習して成長します。元の人物の成長にあわせて、クローンも共に成長していきます。
- 広い適用範囲:一般的なチャットボットが顧客サービスや情報提供などに特化している一方、AIクローンは代理出席、意思決定、クリエイティブなタスクなど、その人物の代理として機能することが可能です。
急速に進化するAIクローン技術。人間とともに成長して協働していく新たなビジネスパートナーとして、これまでの働き方や顧客接点、私たちのAIとの関わり方、そして社会のあり方さえ大きく変革する可能性を秘めています。
近年、AIのビジネス活用が急激に進んでいます。顧客接点の分野も例外ではありません。たとえば、「コールセンターの実態調査」(コールセンター白書2024参照)によると、コールセンターでのAI活用についてどんな調査結果が見られているでしょうか。「生成AIの活用・関心度合い」を尋ねたところ、全体の41%が「全社的、あるいはセンター全体で利用している」と答えています。AIを利用しているコールセンターが41%と、前年の13%に比べて大幅に向上しています。そのような中、AIエージェントという用語が注目されています。生成AIの次... 生成AIとAIエージェントの違いとは?3つの顧客接点における活用例も紹介 - TPIJ by CBA |
AIクローンの海外トレンド
AIクローンの海外におけるトレンドを見てみましょう。
近年、インフルエンサーもAIで実装されるようになってきています。世界的に有名な事例として「Lil Muquela」が挙げられます。元々はアメリカ・ロサンゼルスの企業「Brud」によってCG制作されたバーチャルインフルエンサーですが、AIクローン技術の統合により、見た目だけでなく自律的なコンテンツ生成を基にしたリアルタイム応答の面でも進化が進みました。
また、Respeecher社が音声クローン技術を活用して、「スターウォーズ」でルーク・スカイウォーカー(マーク・ハミル)の若い頃の声を再現しました。
医療分野においてはどうでしょうか。フランスのAcapela Group社が開発したMy-Own-Voiceは、ALSといった運動ニューロン疾患を抱える患者が、発話機能を失う前に自分の声をデジタルに残すことができる音声クローン技術です。このソリューションは、患者が発話できる家に事前録音した音声から、話し方や声質、アクセントなどをAIが学習し、本人そっくりの音声を合成します。やがて声を失ったとしても、タブレットなどを使って自分の声で家族や医療スタッフと会話することができるのです。
AIクローン技術の応用が、人間らしさの維持や自己表現の継続に直結する事例です。
現時点では「完全な人格の再現」というよりも、特定のコミュニケーション機能(音声や映像、基本的対話)などに特化した応用が主流と言えるかもしれません。技術進化とともに活用領域は拡大していくのでしょうが、倫理的懸念の払拭と適切な規制の枠組みが重要課題として認識されているのも現実です。
では、気になる国内の状況はどうなのでしょうか。
ハイパーパーソナライゼーションは、顧客一人ひとりの状況や行動をリアルタイムで分析し、最適な対応を提供するという仕組みです。顧客接点でこのハイパーパーソナライゼーションが実現すると、どんな効果があるのでしょうか。ハイパーパーソナライゼーションが顧客と企業にもたらす7つの効果について見ていきましょう。NetflixやSpotifyを始めとするB2C企業の事例や、SalesforceやHubSpotといったB2B企業の事例も紹介します。各企業が今できることも具体的に説明するのでご活用ください。※ハイパーパーソナライゼーションについての詳... NetflixやSpotifyが実践するハイパーパーソナライゼーションはホントにすごいの!?... - TPIJ by CBA |
AIクローンの国内事例
AIクローン技術の実装に関する国内事例の急先鋒は、やはり株式会社オルツです。同社では、個人の思考、行動パターン、言語スタイルなどを学習し、AIとして再構築する分身生成を実現しています。すでに同社では社員のAIクローンが制作され、提案や面接、Slackでのやり取り、コーディングなど、日々の業務の一部を委譲するレベルにまで達しています。
単なるFAQ対応にとどまらず、意思決定やクリエイティブなタスクを担うレベルに踏み込もうとしている点で極めてユニークな事例です。
また積水ハウスでは、株式会社AIQのソリューションを基盤とした「AIクローンオーナー」チャットサービスを提供しています。戸建て住宅を検討中の客層の中には、住宅メーカーによる公式情報よりも、第三者による口コミや生活者目線の情報を重視する傾向があるようです。
本サービスでは、Instagramを通じて住まいのアイデアや暮らしぶりを発信している3名のオーナーインフルエンサーの投稿内容をAIが分析し、投稿の文体や価値観、こだわりといった情報をもとに、実在のオーナーに近い応答ができるAIクローンを構築しています。「AIクローンオーナー」は、AI技術を活用した新たな顧客接点として、住宅購入検討者層におけるエンゲージメントを向上し、意思決定支援を実現しています。
企業へのAIクローン導入の課題
一方でAIクローン技術の導入に当たっては、以下のような構造的な課題もいくつか浮き彫りになっています。
- 高品質データの大量確保の困難さ:ベテラン社員の知識やノウハウが「言語化されないまま」属人的に蓄積され、継承が困難であるという状況が依然として存在しています。この現実を無視することはできません。AIクローン技術はその処方箋となり得ますが、学習させる対象データの質と量が大きな鍵を握ります。
- 保守的な企業文化とデジタルシフトのギャップ:意思決定の慎重さや属人的な判断プロセスが色濃く残る日本企業ですが、AIへの権限移譲や意思決定支援の導入に対する「組織的受容性」といったハードルが高いのが実情です。
- 倫理的懸念の払拭・個人情報保護・社会的受容性への対応:人格再現が進むことで、なりすまし・悪用・死後データの扱いなど、倫理的な問題点も無視できません。また、実在の人物を模倣することに対する社会的な許容度や法的整備も、まだ道半ばです。
では、コンタクトセンターやBPOにおいては、AIクローンはどんな影響を与えるでしょうか。
効率性改善、生産性向上の最前線で活躍著しいAIは、コンタクトセンターにおける顧客体験(CX)に大きなイノベーションをもたらしています。確かにAIはコンタクトセンターとその運用に、業務効率化やヒューマンエラーの削減、CXの向上など、数多くのメリットをもたらしています。現にAIは様々な顧客接点において、CXの向上や業務効率の改善に活用されています。例えばアメリカン・エキスプレスでは、AI搭載のバーチャルアシスタントが、残高確認や取引履歴、支払期日に関する顧客からの問い合わせに対応しています。この取り組みにより... 海外における残念なAI失敗例から学ぶ:CX向上を阻む落とし穴とその対策とは? - TPIJ by CBA |
コンタクトセンターやBPOにAIクローンが与えるインパクト
AIクローン技術により、感情を読み取る、より自然な対話体験をAIベースで実現できるようになっています。加えて、オペレータのナレッジを学習したり、VIP対応で評価の高いオペレータのクローンを構築したりすることで、スキルのあるオペレータが音声チャネルで複数対応していくことが可能です。
またナレッジベースと連携することで、よくある問い合わせの大半をAIがカバーし、オペレータはより複雑な対応に集中できるという環境の構築も可能です。人にしかできない対応に多くの時間を振り分ける体制が実現していきます。
BPOにおいても、AIクローン技術は可能性を秘めています。
AIクローンは、クライアントごとの業務特性や企業文化を学習し、その分身として機能します。業界用語やトンマナまで反映できるため、短時間の立ち上げが可能なだけでなく、一貫性のあるサービス品質も担保できます。
AIクローンの導入は、オペレータを「AIに置き換える」ものではなく、オペレータを「支援する」ものです。単純対応から解放された人材には、AIとの協働や判断力・共感力といった、より高度なスキルが必要となります。同時にそれは、キャリア構築へとつながっていくのです。
また、これまで主流だった「人時x工数」による収益構造から「AIライセンス+専門人材支援」型への移行が各所で進み始めています。この新たなモデルでは、AIクローンが業務の一部を担うことで、スケーラビリティと利益率の両立が可能となります。クライアントごとの業務内容や業界特性を学習した「業種特化型AIクローン」の開発・提供など、新たな価値創出領域も生まれてきています。
たとえば、INTLOOP社では、生成AIおよびデジタルクローン技術を活用した新たなソリューション開発を進めています。従来型の人的アウトソーシングにとどまらず、AIとのハイブリッド型支援サービスへと業態拡張する動きが出始めています。
また非常に興味深い取り組みとして、オルツ社の「AIクローンにも給与を支払う」試験運用が挙げられます。「AIクローン=新たな労働力」というコンセプトを提案する画期的な取り組みで、AI活用の倫理性や持続性を考慮するうえでも極めて重要な視点と言えます。
AIクローン技術は、効率化を目的としたソリューション導入ではなく、人材活用、業務品質、ビジネスモデルの再設計を同時に実現する、戦略的な選択肢として現在注目が集まりつつあるのです。
いよいよ2024年も年末を迎えました。時の流れの早さを実感する一方で、技術の進化やその活用がめまぐるしく進んでいることにも驚かされます。良いアイデアやソリューションがどんどんと出てきて、活用シーンや事例がたくさん想定される一方で、「何をどこで使うか悩んでいたら、気がつけばトレンドに取り残されていた」ということも容易に起きる時代です。一年間を通してカスタマーサポート業界にインパクトを与え続けていたのは、AIや ARといった最新技術の数々です。では、カスタマーサポート業界におけるAIや ARの側面から、トレン... AI×ARが切り拓く新時代――2025年、カスタマーサポートの未来像 - TPIJ by CBA |
最後にー顧客接点を支える「共創パートナー」として
単なる自動化ツールや効率化支援ソリューションとしての枠を超えたAIクローン技術。この技術のポイントは、業務を代替するという視点ではなく、「人の力を引き出し、広げるためのパートナー」であるという点です。
BPOやコンタクトセンター業界は、深刻化する人材不足と高度化する顧客ニーズというジレンマに直面しています。このジレンマを打破する鍵は、「人を(AIで置き換えて)減らす」発想ではなく、その先にある「人とAIが役割を分担して強みを発揮し合うことで、お互いを補完する」という新しい体制への転換です。
AIクローンは24時間対応可能な「コピーロボット」もとい「分身」として、基本的な対応を正確かつ一貫性を持ってカバーし、人間は共感や判断、ひらめきや直感が大切な創造性が問われる領域で進化を発揮する。さらにAIクローンは、優秀なオペレータの対応スタイルやナレッジを学習し再現することで、応対品質の平準化と継承にも貢献していきます。属人化しがちな領域を組織全体で共有することができるのです。
人間が意思決定や価値判断に関わり続けることで、持続性のあるビジネスを実現します。そしてCXの底上げ、品質の向上にもつながっていきます。何より大切な視点として、AIが単独で機能するのではなく、人とのコラボレーションの中で真価を発揮させていくのです。人が方向性を示し、AIがその実行を支援し、経験を積んだ人の判断によって洗練化されます。
この流れが非常に重要ではないでしょうか。人とAIの協働によって生まれる、新たな顧客体験の形。それこそが、AIクローン技術がもたらしうる、AI時代における新しい顧客接点のあり方だと私たちは考えます。