「日本もソブリンAI(人工知能)に取り組まざるを得ない。そのためのトップチームを組成する必要がある。これが経済産業省のAI政策におけるフロンティア(最前線)だ」
経済産業省の奥家敏和大臣官房審議官(商務情報政策局担当)は、「AIリーダーズ会議2025 Autumn」の基調講演で、AI政策の展望についてこのように語りました。
ついこの間までは「AIの導入」そのものが競争力のカギでした。しかし、これからは「AIを誰の手で、どのルールのもとに管理するか」―つまり「AI主権」が新たな競争軸になろうとしています。
では、2025年のAIトレンドとして世界的に広まっている「ソブリンAI」とは、そもそも何を指すのでしょうか。この記事では、「ソブリンAI」の基本情報に加え、各国の動向と、日本の企業・組織がソブリンAIに向けてできることを解説します。
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【この記事が解決するお悩み】
- 「ソブリンAI」って何?国や大企業だけに関係する話だよね?
- ソブリンAIの概要と世界の動きを知りたい
- ソブリンAIに向けて今できることは?
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ソブリンAIとは
ソブリンAIは「AI主権」とも呼ばれます。簡単に言い換えると、自国のインフラ・データ・人材を活用して、各国が自らAIを開発・運用することです。
NVIDIAでは、以下のように定義しています。
「各国が自国のインフラストラクチャ(計算機設備や通信網などの基盤)、データ、労働力、ビジネスネットワークを活用してAIを生産する能力のこと」
Gartner社でもこのように定義されています。
「国家が独自の主権目的を達成するために、自国のAI開発とAI活用に投資し、それらを進展させる取り組み」と定義されている
「ソブリンAI」は、よく「完全にオンプレミス環境でなければ無理」と誤解されがちですが、実際にはハイブリッドクラウドや国内クラウドが含まれる柔軟な取り組みのことです。重要なのは、「データ主権」と「運用の自律性」をどのように確保するかという点です。
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世界で「ソブリンAI」が注目される背景
では、なぜ今世界的に「ソブリンAI」が注目されているのでしょうか。
背景にあるのは、AI覇権の構図の変化です。
これまでオープンソースLLMの分野では、米国のMeta(メタ)が開発するLlamaシリーズがリードしていました。しかし、2025年1月の「DeepSeekショック」以降、中国勢が急台頭。現在は中国のAlibaba Cloud(アリババクラウド)の「Qwen」シリーズが急成長しています。
奥家審議官が指摘するとおり、米国でも「Qwen」を基盤モデルとして利用し始める動きが強まっており、AI基盤での「中国依存」が進みつつあることへの危機感が高まっているのです。
「Qwen」シリーズは世界で3億回を超えるダウンロード数を記録。派生モデルの数は10万を超えるという。現地語でのタスク処理能力が高いことで知られるため、日本を含む多くの国で利用されている。
こうした状況を受けて、米国も2025年7月23日に「AIレースに勝利する」と題したAI行動計画を発表。中国に対してAI覇権を握り、「AI開発における米国第一主義」の姿勢を明らかにしました。
今やAI覇権争いのポイントは、単なる「技術」から「主権」へと移行し始めています。この波は、国家間だけではなく、企業の競争戦略にも及び始めています。
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ソブリンAIがもたらす経済・社会的な可能性
Gartnerによると、「2028年までに、世界の政府機関の65%が独立性を高めて他国による規制干渉から守るために、テクノロジ主権に関する何らかの要件を導入するようになる」と予測しています。
IDCの試算では、2030年までに世界経済はAIによって約20兆ドル規模の価値を生み出し、GDPの3.5%を牽引するとの見込みです。
ソブリンAIの確立は、単なるセキュリティ対策やプライバシー保護の強化ではなく、国家・企業が「AIで経済成長を牽引できるか」を左右する戦略要素でもあるのです。
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ソブリンAIの4つのメリット
ソブリンAIの導入は、単なるセキュリティ強化だけでなく、自国の「文化・経済・安全保障」を横断的に支える戦略となります。
ここからはソブリンAIに関する4つのメリットを紹介します。
データのセキュリティとプライバシー保護の強化
海外ベンダーのクラウドサービスを利用する場合、保存されたデータや情報について、法域外適用のリスクが避けられません。ソブリンAIの導入により、自国内でデータ管理を完結できるため、データ漏えいや不正アクセスのリスクを大幅に低減させることが可能です。
GDPR(EU一般データ保護規則)や日本の個人情報保護法などの、各国の法令を遵守しつつ、監査やコンプライアンス対応の効率化が見込めます。
自国文化や言語への最適化
グローバルなAIでは、地域性や業界ニーズに柔軟に対応することが難しいケースは珍しくありません。たとえば、日本語の敬語表現や、地域の方言、業界特有の専門用語などへの対応には限界があります。
ソブリンAIを採用することで、自社に最適なAIモデルを開発できるので、文化的背景や業界背景に対応しながら、高精度なAI運用が期待できます。
地域イノベーションの促進
地域固有の課題解決や技術開発を促進することにより、地域経済の活性化を支える効果を見込めます。
国家安全保障体制の堅持
ソブリンAIの導入により、貴重な情報資産を外的脅威から保護し、不正アクセスのリスクを最小限に抑えることができます。
AI基盤を自社で管理することで、独自のセキュリティポリシーを設計・実装できるため、外部に起因する脆弱性を排除できるのです。他社のセキュリティトラブルの影響を受けるリスクも回避しやすくなります。
このような運用の自律性は、とりわけ高いデータセキュリティを求められる業界において競争優位の確保につながります。
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ソブリンAIに関する日本と海外の動向
ソブリンAIに関して、現在の日本と海外の動向について見てみましょう。
日本における官民一体となった動き
日本では、経済産業省を中心に、以下のようなプロジェクトが進んでいます。
- 生成AI基盤構築支援事業「GENIAC」(2024年から本格的始動)
東京大学、富士通、ストックマークなど、基盤モデルの開発を目指す企業や研究機関への支援 - 経済産業省によるクラウドプログラム
さくらインターネットや、ソフトバンクといった国内クラウド事業者への大規模支援
また、国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研)では、日本のAIソブリンインフラ(主権AI)の中核を担う次世代AIスーパーコンピューターとして「ABCI 3.0」の構築を進めています。
こうした政府の動きと並行して、民間企業でもソブリンAI開発に向けた具体的な動きが出ています。
AIスタートアップのSakana AIは2025年11月17日、三菱UFJフィナンシャルグループや四国電力グループのSTNetなどから総額約200億円の資金調達を発表しました。
この資金は、データやシステムを日本国内のインフラで完結させ、日本独自の文化的背景や社会規範に最適化された「ソブリンAI」の開発に充てられます。将来的には、防衛や製造業における社会実装も視野に入れています。
官民一体となって、ソブリンAIの下地が着実に整備されつつあります。
海外7カ国の動向
- フランス Scaleway社:2023年秋に「Nabuchodonosor」と名付けられたNVIDIA DGX SuperPODを導入。欧州最大級のAI専用インフラとされ、フランス国内の企業や研究機関に対してソブリンAIを提供している
- イタリア Fastweb社:2024年7月より31台のDGX H100を活用した「NeXXt AI Factory」を稼働。イタリア語ネイティブLLMの「MIIA」の開発と検証が進行中
- デンマーク:2024年10月末、デンマーク初のソブリンAIスーパーコンピューター「Gefion」の導入が発表された
- インド:TataグループがNVIDIAと協力し、GH200 Grace Hopper Superchipを用いたAIインフラの構築を進めている
- シンガポール:シンガポール国立スーパーコンピューターセンター(NSCC)では、ASPIRE 2A/2A+システムにH100 GPUを導入。東南アジアにおけるAIハブとしての存在感を強めている
- タイ SIAM.AI Cloud:NVIDIA Tensor Core GPUを搭載した仮想サーバへのアクセスを顧客に提供している。また、NVIDIA H200 Tensor Core GPUおよびNVIDIA GB200 Grace Blackwell Superchipsへのサービス拡大も計画中
- ベトナム:NVIDIAがベトナム初の研究開発センター「R&Dセンター」を開設することで合意した。また、NVIDIAは、ベトナム国内の65の大学と、NVIDIA Inceptionプログラムを通じて100社以上のAIスタートアップを支援している
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ソブリンAIを見据えて、今できる3つのこと
「ソブリンAIは国や大企業が考えるべきことで、自分たちは何をしたらよいかわからない」「ソブリンAIは、まだまだ国内の主要クラウドプロバイダーや研究機関だけで推進されているもの」といった印象が強く、身近なものとして捉えにくいと感じている人は少なくありません。
しかし、今のうちに自社のAI活用やクラウド運用のあり方を「ソブリン(主権)」の観点から見直すことで、すぐにでもソブリンAIに備えることができます。
具体的にできる3つのアクションを紹介します。
- 自社データの所在を可視化する
「どのクラウドで、どの法律のもとに、誰がアクセスできる環境なのか」を正確に把握する - クラウド環境の「主権度」を強める
国内のクラウドサービスプロバイダーや、ハイブリッドクラウドの利用について検討する - 社内で「主権」に関する理解を共有する
経営層やIT部門だけでなく、現場にも「ソブリンAI」について共有し、ソブリンAIに向けた基盤整備の必要性や、日本国内での動向について、企業全体での認識を深める
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最後に
NVIDIAや一部の金融アナリストの分析によれば、ソブリンAIの市場は2020年代後半に数千億ドル規模にまで達する可能性があると予測されています。
「ソブリンAI」は、セキュリティやプライバシー保護という側面から一見「守りのセキュリティ対策」と思われがちですが、市場での競争力維持や信頼の獲得という側面では「攻めのAI戦略」でもあります。
完全なオンプレミスでなくても、国内クラウドやハイブリッド環境を整備すれば、自社のデータ主権とAI運用の自律性を守りながら、成長を加速させることは可能です。ソブリンAIの大波が来る前の今こそ、自社のAI基盤を「主権」の視点から見直す好機と言えるのです。
