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コンタクトセンターに迫るAI活用の壁|課題に向き合う6つの方法

総務省が公表している「令和元年情報通信白書」によれば、AIアクティブ・プレイヤーの割合が世界7カ国中最下位の日本。AI活用において後れを取っていると言わざるを得ない状況です。

「AIアクティブ・プレイヤー」の定義:「一部の業務をAIに置き換えている」または「一部の業務でAIのパイロット運用を行っている」のいずれかに該当し、かつ自社のAI導入を「概ね成功している」と評価した企業

では、日本のコンタクトセンター業界におけるAI活用はどうなっているでしょうか。この記事では、コンタクトセンター業界にフォーカスを当てつつ、AI活用の現状と課題、課題への向き合い方を紹介します。

海外の最新コールセンターシステムやデジタル・コミュニケーションツールを、18年間にわたり日本市場へローカライズしてきた株式会社コミュニケーション・ビジネス・アヴェニューが解説します。

この記事が解決するお悩み

コンタクトセンターにおけるAI活用の課題がはっきりしていない

AIをうまく活用できていない

生成AIにまつわる課題にどのように向き合ったら良いのかがわからない

 

 

コンタクトセンターにおけるAI活用の現状と課題

現状

「AI時代」と言われるとおり、今や誰でも簡単に生成AIを利用できるようになっています。ビジネスにAIを導入している企業も珍しくありません。コンタクトセンターにおいてはどうですか。生成AIを導入することそのものは、概して難しくはありません。とはいえ、まだPoC段階のセンターが多く、AIを活用できているとは言いがたいのが現状です。

コールセンタージャパン2024年8月号」では、「現段階での生成AI活用は、VOCの要約、オペレーターへのサジェスチョンチャットボットという『コミュニケーションの自動化と支援』が中心になっている」とまとめられています。

そんな中、6月に都内で開催された「PKSHA AI Summit for Contact Center」では、生成AIがコンタクトセンターに与える影響が注目されました。詳しいイベント概要については、「コールセンタージャパン2024年8月号」で知ることができます。

同イベントにて、みずほフィナンシャルグループ執行役員の宇井昭如氏は、コンタクトセンターにおける生成AIの活用は、顧客満足度を高めるための「攻め」の側面と、オペレーション効率を高める「守り」の側面の双方で有効と説明しました。

「そうはいっても、なかなか参考にできるAI活用事例が少なく、AIに期待することやメリットは把握できていても、リスクやデメリットのほうが気になってしまう」なんてことはないでしょうか。では、現在見受けられる課題について明確にしましょう。

課題

「生成AIの課題」と言っても、多種多様な課題が思い浮かぶかもしれません。ここでは、「コンタクトセンターにおける生成AI活用の課題」に絞って紹介していきます。

挙げられる課題の一例は以下の通りです。

・有人対応の価値や求められるスキルが高くなる
・高度な応対スキルを持つ人材育成の機会が減少する
・AI活用の成功・不成功が二極化しがち
・十分な効果を発揮していないように思える
・クレームやカスハラ対応を任せられない
・ハルシネーションやセキュリティへの対策が必須
・データのサイロ化

いずれも一朝一夕で解決できるような課題ではありませんし、センター側が完全にはコントロールできない問題もあります。では、どのようにこれらの課題と向き合いながら、AIを活用していけるでしょうか。

AI活用課題への6つの向き合い方

前項で挙げたような課題に対して、無理に「課題解決」を目指すのは現実的ではありません。考え方を少し変えたり、少しだけスキルを強化したりすることで、今すぐにでも実践できる6つの「向き合い方」を紹介します。

AIは「何でもできる」「万能」とは思わない

顧客接点としてのコンタクトセンターがAIを本格活用するにあたっては、顧客体験の質の向上や、業務効率化による応対率のアップなどを目標に掲げます。

とはいえ、現状のAI技術や周辺環境では、センターの期待する役割や精度に100%対応することは不可能に近いと言えます。しかし、だからといってAIが役に立たないわけではありません。

PKSHA Technologyの上野山勝也代表は、既出のイベントにて「生成AIの自動応答の精度を100%まで近づけるのは非常に難しい…あくまでフロントスタッフ(オペレータ)向けにAIを活用する場合、80%でも大きな効果を発揮するはず。人が介在したハイブリッド運用体系も考慮していく必要があります」と指摘しています。

コンタクトセンターにおいてAIの活用課題と向き合うポイントのひとつは、「誰向けに使用し、どの程度の効果を期待するか」を明確にしながら、過度な期待や無茶な目標設定をしないことです。

AIが対応できる業務やレベル、精度について過剰な期待を抱くと、現実とのギャップゆえに容易に「期待外れ」と感じてしまい、AIを活用するどころかかえってAIが邪魔とすら思えてくるかもしれません。

現状のAIは決して万能ではなく、「何でもできる存在ではない」ということを忘れないようにしましょう。人間と同じくAIにも向き不向きがあるので、人間とAIの両者に適材適所があることを認め、AIの特性を活かせる労働環境を整えていくことが大切になります。

AI導入によってできた「余裕」の活用先を決めておく

「AI導入が十分な効果を発揮していない」「活用できていない」と思える場合、「生成AIの活用」が主な目的になっていて、産出された経営資源の「余裕」を活かせていない可能性があります。

AIによる効率化で削減できた時間やコスト、人的リソースをいつ・どこに・どれくらいかけるのかを事前に決めておきましょう。そうすれば、貴重な経営資源を無駄にすることなく、むしろ業務の効率化を図れ、新たなことにチャレンジする余裕が創出できます。

AI導入の成功・不成功は使い方が左右すると言っても過言ではありません。もし生成AIを漠然と利用しているなら、AI導入に関して成功している部分と改善できる部分の両方を見落とすリスクがあります。

結果として「AIは思ったより使えない。役に立たない」「うまく使えていない。自社には合わないのではないか」というフラストレーションだけがたまり、具体的な改善策を講じることができなくなってしまいます。

AI導入・活用の目的次第では、AI以外の既存のテクノロジーやツールが最適な場合もあります。導入の目的や「余裕」の使い道が明確であれば、最適なツールを見極めるための視野を広く持ち、データのサイロ化を回避しながら計画的にAIを組み込んでいくことが可能です。

AI導入のリスクを理解しておく

現在の生成AIは、主に文章の要約や生成の分野での業務効率化を期待されています。とはいえ、「大量の文章を処理できるがゆえに生産性が低下する」可能性を見落としてはいけません。

コールセンタージャパン2023年10月号」で佐藤一郎氏が、「当面は管理業務の一部はむしろ負荷が高まり、業務のバランスが崩れる恐れがあります」とコメントしている通りです。

多くの人にとって新技術である生成AI。「AI導入」と「効率化、生産性向上」が自動で比例していくと考えていると、想定外の事態や結果に翻弄されるリスクがあります。

部署/企業として生成AIと馴染むまでの一定期間は、いきなり大きな成果を求めることはせず、ミニマムスタートで現実的な見方や分析をしていくことが大切です。

AIによるクレーム・カスハラ対応の実現は待つ

コンタクトセンターでAIを本格導入する際、「重クレームやカスタマーハラスメントへの対応をAIに任せたい」と考えるセンターは少なくありません。クレームやカスハラ対応は、オペレーターへ多大な心理的負荷をかけ、早期離職の引き金となり得るからです。「生成AIに人間のオペレーターの肩代わりをさせる」というニーズが日に日に高まっているのは事実です。

とはいえ、それを当座の導入目的として設定すると、センター全体の損失となるリスクがあります。現在、各社が重クレームやカスハラ対応において、AIが最適な応対をこなせるように取り組んでいます。ゆくゆくはAIがオペレーター業務を完璧にこなせるようになると言われていますが、今現在はオペレーターの強力なサポーターという役割が前面に出ています

ニーズの高さやオペレーターを思う気持ちから、「一刻も早くAIにクレーム・カスハラ対応をさせたい」と思うかもしれません。しかし、限られた経営資源を最適なタイミングで適切に活用するためにも、今は改めてAIの導入目的や活用シーンを見直してみましょう。

AIに難しい応対を任せるという目的の背景には、オペレーターたちのストレスを軽減し、離職を防止したいという願いがあります。クレーム対応時のストレス軽減を目的としたソリューションであれば、AIを活用したツールの開発や実用化はすでに始まっています。

たとえば、ソフトバンクはAIによる音声加工技術を使って「エモーション・キャンセリング」の技術を開発しました。顧客の声の高さや抑揚を穏やかにすることで、オペレーターの心理的負担を和らげることを目的としたソリューションです。現時点で、30%以上の怒り抑制効果があったとしており、同社は2025年度中の実用化を目指すと発表しています。

また、音声をテキスト化(同時に翻訳も可)したり、音声データを要約したりすることができる企業向けAIプラットフォーム「GIDR.ai(ガイダ―ai)というソリューションもあります。お客さまのテンションや口調次第では、時に冷静に話を聞いたり判断したりすることが困難に感じる場合もあるでしょう。「GIDR.ai」はデータのフォーマットに縛られることなく、企業のナレッジに瞬時にアクセスできるため、顧客の話を聞きながら必要な資料を参照することが可能です。

少しでもオペレーターの負担を軽減しつつ、適切な対応を迅速に行っていけるようサポートするツールはさまざまに開発されています。AI導入の目的をはっきりさせ、それを実現できるAIソリューションを的確に見つけていくことが、失敗しないAI活用においてポイントとなります。

「プロンプト力」を強化する

顧客接点で生成AIを活用するにあたり、代表的なリスクとされるのがハルシネーションや回答精度の問題です。「こればかりは自分ではどうしようもない」と思われるでしょうか。AI Shiftの代表取締役社長、米山結人氏は、ハルシネーションが起こる原因として以下の3つ挙げています。

・情報不足を補ってしまう
・組み合わせを間違える
・誤った知識を学習する

上記のように原因が明確であれば、ある程度の精度で防止することが可能になります。たとえば、AIによる参照先を限定したり、追加学習させたりするなら、ハルシネーションの確率を下げることが可能です。

一例として、プロンプトエンジニアリングによって回答精度を向上させられるという研究結果を紹介します。Google DeepMindの研究チームによると、AIに「深呼吸をして」というプロンプトを入力したところ、数学的問題による正答率が34%から80%に上昇したといいます。

一見嘘か冗談のように思えるかもしれませんが、プロンプト力があればAIの回答精度を向上させることも、ハルシネーションを抑制することも可能であると期待できる実例です。

▶参考情報:
https://arstechnica.com/information-technology/2023/09/telling-ai-model-to-take-a-deep-breath-causes-math-scores-to-soar-in-study/

AI活用に適切な人材を確保・育成する

「DXの延長線でAIを活用していこう」「デジタルネイティブ世代ならAIもすぐに使えるようになるはず」などと考えていると、AIを最大限に活用するハードルは上がってしまいます。

参考:コールセンタージャパン2024年8月号

上のグラフはガートナージャパンが実施した「AIに対する組織的な取り組み状況に関する調査」の結果です。ガートナージャパンのリサーチ&アドバイザリ部門データ&アナリティクス担当シニアディレクターの一志達也氏は、上の調査結果について「コールセンタージャパン2024年8月号」で以下のように指摘しています。

「そもそも、ITだけでなく日本の企業は専門性を軽視して人材を採用・教育してきた歴史があります。それがAI分野でも露呈しているということ。(中略)AI専門組織のあり方を見極め、経営層や事業部門のリーダーを含めてAI戦略、AI専門組織を議論すべき

この現実を受け止めた上で、コンタクトセンターで生成AI活用のキーマンといえるのは、現場を熟知しているSVたちです。SVが生成AIに関する知識やリテラシー、ノウハウを身につけられると、もっとも効率的かつ効果的にAI人材を育成することができます。

現状のSV職には「将来性がない」「SVになったらキャリアは終わり」といった印象がつきがちです。SVにAIにまつわるリスキリングを任せるなら、SVのキャリア拡大に貢献し、SVがもつ経験を最大限に活かしながら、そのポテンシャルを経営資源化していけます。

しかし、SV自身へリスキリングの意思確認をすることや、リスキリングできる環境を整えることを怠らないように注意しましょう。本人の意思を無視して「SVだから」という理由だけでAI人材にしようとするなら、SVにとってはストレスとなり、離職のトリガーとなりかねないからです。

AI時代に求められる人材や能力

コンタクトセンターにおけるAI人材にはSVが効果的と紹介しましたが、具体的にどのような人材やスキルが求められるのでしょうか。必須となる3つの特徴を紹介します。SVに限らず、AI人材を新規採用あるいは既存スタッフから選抜・育成する際の参考にしてください。

現場視点とAIリテラシーの両方を兼ね備えている人

コンタクトセンターは、常に顧客体験や顧客満足度の向上に最善を尽くしています。そのため、AI活用による顧客体験への影響は第一に考える点です。

しかし、AIの効果的な活用方法を考えたり、お客さまにとってのメリットを予測したりする上では、顧客ファーストの現場視点が必要不可欠となります。どれだけAIに詳しくとも、お客さまの気持ちやニーズを理解できていなければ、顧客体験や満足度を向上させるようなAI活用は実現しないからです。

とはいえ、AIがもつリスクを理解しきれていないと、お客さまのためを思って導入したものでも、お客さまの利便性や満足度を損ねてしまい、ロイヤルティを失ってしまうかもしれません。AIを業務のどこで活用し、生成結果をどの程度信用するのかといった「AIリテラシー」は、AI活用を成功させる上で必須のスキルと言えます。

顧客視点で物事を考えられる現場視点と、AIリテラシーの両方をバランスよく兼ね備えていれば、各コンタクトセンターでのベストなAI活用法を見出すことができるはずです。引き続きVOCや従業員の声を把握することも忘れないようにしましょう。

AIから作り出された回答を対外的に公開して良いかどうかを判断する能力

ハルシネーションの抑制や対策はある程度できるものの、リスクを0にすることは不可能です。だからこそ、コンプライアンス上の問題を引き起こしたり、お客さまへ間違った情報を伝えたりしないために、AIからの回答を誰向けにどのような形で公開するのかを判断する能力が必要不可欠です。加えて、現在はAI活用の基準や規定、法律などが各国で作成中なので、AI関連の動向には幅広くアンテナを張っていることも求められます。

高度なコミュニケーション力

自動化がすすめば進むほど、有人対応に求められるスキルや価値は高度になります。「コールセンタージャパン2024年7月号」でイー・パートナーズの谷口修氏は、今後の有人対応について以下のように強調しています。

有人対応は“顧客ロイヤルティを高める”という役割に徹するべきです。コミュニケーションを通じて顧客をファンに(する)…までやらなければ、顧客接点の役割は果たせません」

従来の有人対応に新たな価値を付与するためには、コンタクトリーズンを分析し、お客さまのインサイトを正確に見極め、顧客の感情に寄り添いながら応対していくことの重要度がより高まっていきます。

最後に

生成AIが業務の効率や生産性を上げることは事実です。一方で、生成AI導入の目的次第では、AI以外の最適なツールが存在する場合があります。AIには大きなメリットと将来性がありますが、現状では決して万能ではありません。

コンタクトセンターでAIを最大限に活用していくには「バランス感覚」が必要不可欠です。AI活用の考え方へのバランス、AI導入による数字的結果へのバランス、AIがアウトプットしてくる内容へのバランス…。

現在はAI時代と言われ、今後の顧客接点はAI活用が加速すると予想されています。顧客接点の最前線であるコンタクトセンターが、生成AIを無視し続けることは非現実的です。そのため、今のうちからAI人材を育成し、AIに関するリテラシーレベルをセンター内に揃えていきましょう。

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